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■「歯科医師として望みしは何ぞ?」に答えられなかった 歯科ブログ

平安時代の最盛期に絶大な権力をにぎっていた藤原道長。
その息子という恵まれた環境に生まれながら、能信(よしのぶ)は不幸でした。

腹違いの兄弟が政治を牛耳っていたため出世が望めなかったからです。
それでもなんとか這い上がろうと努力する藤原能信を書いた永井路子の歴史小説「望みしは何ぞ」の主人公の能信は歴史上の有名人ではありませんし、何か偉業を為し遂げた人物でもありません。
しかし共感するものがあって久しぶりに睡眠時間を削って一気に読み通してしまいました。

この時代、藤原氏出世の「努力」とは戦争で勝つことでもなく、政治的に多数派工作をして政策を通すことでもなく、民に善政を敷くことでもありませんでした。
能信が画策したのは娘を後宮に納れて天皇の妻(皇后)にすること、そしてその皇后が皇子を産むのを期待することでした。
実はそれだけが藤原氏の政治だったからです。

実子のいなかった能信は、かつて仕えていたことがあった程度の、クモの糸のような、か細いつながりをたどって得た養子の子に命運を託します。
しかし内心そんなことに虚しさを感じていた能信は頭の中で何度も繰り返す声「望みしは何ぞ?」に揺れ動いていました。
現代口語に訳せば「お前はいったい、何を望んでいるんだ?」になります。

私はこの声を聞くたびに甘酸っぱい感情がこみ上げてくる。
自分の過去を思い出すからです。

祖父も、父も、自宅で開業している歯科医師だった。
だから私も歯科医師になった。
しかし恵まれた環境にいたにも関わらず長い間「歯科医師として何をしたいのか」という問いに対する答えが全くありませんでした。

当院に戻る前に勤めていたデンタルクリニックではツラいことばかりでした。
厳しい金銭的ノルマ、すさんでいた人間関係、ちっとも身につかない治療技術。

あまりにもツラいので歯科医師をやめようかと迷っていたときに、当時勤めていたクリニックの理事長と面談がありました。
ノルマの未達、スタッフと患者さんからのクレームについてのお叱りです。
ただ言葉を選んでなるべく私を傷つけないように配慮してくれていることは分かりました。

そして最後に言われたのが能信の頭の中で何度も繰り返されていたあの言葉だった。

「お前はいったい何をしたいんだ?」

自分は何を望んでいるんだ? 何をしたいんだ?
とりあえず父みたいにはなりたくないと思っていました。
しかしそれ以外のことは考えれば考えるほど分からなくなりました。

ノルマ達成には一攫千金を狙ってインプラントか歯科矯正か?
または大学生の頃の実習で自分のようなおとなしい感じの指導医が専門にしていた歯の根の治療(歯内療法)か?
長年辛かった花粉症を治してくれた漢方薬が歯科でも使えないかな?

しかしいずれも深く学ぶに至らずに過ごしていました。思い浮かんでは否定するのを繰り返す日々。
理事長は迷って悩んでいる私をなんとか助けようとされていたのでしょう。心配そうに私の顔をのぞきこみます。
しかし私はそんな簡単な質問にすら答えることができないのです。

無言でうつむくと頬から涙が伝わり落ちました。
平安時代の能信も同じ気持ちだったのではないかと思えてなりません。
恵まれた環境にいながら「いったい、何を望んでいるんだ」という問いに答えられず悶々としたまま、大切な何かを見失っていました。

民に善政を敷くこともせず、方向性も見失っていた、そんなゆがんだ藤原氏の政治は長続きしませんでした。
ライバルも皇子に恵まれず能信の養子藤原茂子が生んだ皇子が白河天皇になると、道長の死後30年ほどで藤原氏の影響力は急速に衰えてしまいます。

もしあのとき「望みしは何ぞ」と頭の中に響く声に対し、能信が「世界平和でございます」と堂々と答えていたとしたら…。
千年経った今でも藤原氏が政治をしていたかも知れないですね。

ちなみに今の私の答えは明快です。
「保険治療の入れ歯修理で人々を助けること」と断言できます。

【関連ブログ】→「いとう歯科医院の強み」


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■歯科医の高額治療とガソリンスタンドの意外な共通点 歯科ブログ

少し前の話になりますが、あの頃はガソリンスタンドを利用するたびに店員さんから言われていました。
「水抜き剤はいかがですか」
「オイル交換がお得にできますよ」
「洗車がすぐにできます」

しかし今どきの車に水抜き剤は不要です。エンジンオイルも半年ごとにディーラーで交換しているし、洗車は定期的に近くの洗車専門店へ。

「ガソリンを売るだけで儲かるでしょう?」
利用するたびに売り込まれるのが不愉快だったので素直に聞いてみるとウラ事情をこっそり教えてくれました。
「イヤイヤそんなことはないんですよ。実は…」

税金や人件費、維持費などを払うと、ガソリンだけでは赤字なのだそうです。それで色々と売り込まないと成り立たないという苦しい台所事情を告白してくれました。

「えっ、ここも?」
経営の苦しさは歯科医と同じだった。

私は大学を卒業後、実家のいとう歯科医院に戻る前に数軒、都心の歯科医院に勤めたことがあります。どこに勤めても、売上、家賃、人件費、借金などリアルな数字を目にすることになるのですが、そこでわかったのは多くの歯科医院は「保険治療だけでは赤字になる」という厳しい現実です。

保険が適応されるのは、高額治療を対象外として、あまり大きな金額がかからないようにできています。給付される金額には限度が決められていて、そこから家賃、人件費、借金などの固定費を差し引くと保険治療だけだと簡単に赤字になってしまうのです。

他にも歯科医が自費治療に走る理由として
・駅前など家賃が高い場所で開業している
・スタッフをたくさん雇っている
・無謀な借金をしている
などがあげられます。

私が勤務していた歯科医院で課せられたノルマ(金額)を父に話したことがあります。

すると父は大変驚いて「俺はバブル時代を知っているし、その時は羽振りが良かった。そんな自分でも、お前の言う金額を、どうやって稼げばいいのか見当もつかない」と言われました。

ガソリンスタンドの現状も、だいたい同じ構造ではないかと推測しています。

ガソリンは歯科の保険治療と違って価格の上下動が大きく、価格高騰のあおりを受けたのかもしれませんが、売り込みに熱心だったガソリンスタンドは数年後に廃業してしまいました。

また当時勤めていた歯科医院も、私が辞めてから数年後に保険治療の不正請求が発覚して廃院となりました。
ひとつでも多く売ったり、少しでも高額な商品を売らなければ維持できないシステムは経営が難しいようです。

いっぽう当院は80年以上前に開設した祖父の代から固定費が最小限で済むシステムで経営しています。

スタッフを雇っていないので人件費はゼロ。
開業時から移転や大々的な改装をしていないので借金もゼロ。

だから患者さんにとって経済的な負担が大きい高額な自費治療を売り込む必要もなく、低額な保険治療をメインにしても医院を継続していくことができます。

私の知り合いで関西の大都市で支店を2軒出して拡大経営をしている医師がいます。当院が入れ歯修理、作製、調整、虫歯治療、歯石取り、全て保険治療で行なっていると言ったら「それで、どうやって生きてるの?」と心底不思議そうな顔をしていました。

そこで家賃ゼロ、人件費ゼロ、借金ゼロの話をしたところ「えー、借金ゼロとか、いいなあ」と今度は心底うらやましそうな表情に変わりました。やはり苦しい台所事情のようです。

私はすべての歯科医院で保険治療を行うことが100%良くて正しいと言うつもりはありません。立地条件などで高額な治療をやらなければ維持できない歯科医院があることもわかっています。ですが、当院と同じような条件で開業している歯科医院の多くが「右にならえ」で高額な自由診療に積極的に切り替える必要があるのかと疑問を感じています。
当医院の周辺地域でも保険の適応範囲内での治療を希望する患者さんがたくさんいらっしゃいます。一台数千万円もするような最先端の医療機器を導入しなくてもできる、保険治療を中心とした歯科医院であり続けようと、思いを新たにしました。

【関連記事】→「設備紹介」


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■本物の価値を生み出す「価格0ドル」のシャネル・スタイル 歯科ブログ


子どもが図書館で借りてきた本に、私が夢中になってしまいました。ファッションブランド、シャネルの伝記です。第二次世界大戦後の1950年代、ファッション界を席巻した洋服のブランド、シャネル。
シャネルの評価が高まると同時に粗悪なコピー商品も市場に出回るようになります。
しかし社長ガブリエル・ココ・シャネル本人は気にしませんでした。

ある日、顧客の娘がシャネルの前に着てきたのはシャネルスーツをそっくり真似たコピー商品だった。
「悪くないわね」シャネルはしげしげと眺めまわし、楽しげな口ぶりで「袖のたれ具合を別にすれば」と付け加えた。
娘のジャケットを脱がすとその場で縫製を解き、自分の満足がいくように袖を付け直し始める。
そしてきちんと仕上げられた服を娘の手に戻す。

読みながら何度もうなづいていました。
時代や性差を越えて女性を自由にし、美しく見せることがエレガンスであり、人生、暮らし、仕事を妨げない自由な動きのなかにあるものをシャネルは「スタイル」と呼んでいます。
たとえコピー商品でもシャネルが針と糸で手を加えれば、そこにシャネル・スタイルが生まれます。価格は0ドル。

当院に「他の歯科医院で作られた入れ歯でも持ち込んで大丈夫ですか?」というお問い合せの声がよく届きます。
もちろん大丈夫です。

・不調なインプラント
・チタン義歯
・セラミックブリッジも受け付けます。

・極薄の歯科専用安定剤(ティッシュコンディショナー)を入れ歯に貼る
・咬み合わせをミクロン単位で調整する
・ニッパーとプライヤーで入れ歯のバネを作製、修理する

などの方法で、半日で使えるように仕立て直します。

針と糸で服を縫製するように、他院で作られた入れ歯でも、大掛かりな治療ではなく保険適応の材料で修理して快適に使えるようにできます。
負担の少ない最小限の材料と機器で口の中の憂いを取り除き、人生、暮らし、仕事を妨げない自由を取り戻してもらう。といってもシャネルのように「費用は0ドル」というわけにはいきませんが、入れ歯の修理なら保険治療で数千円でできます。

最近は他院で施術されたインプラントが壊れたり抜けたりして調子が悪い、という例が散見されます。私はインプラントを施術しませんが、患者さんの口にすでに入っていたら、周囲炎などで揺れていなければ、入れ歯のバネを引っかける鈎歯として積極的に利用して、不良なインプラントでも役立てることができます。

シャネルは「あたしは恥じらいを持ったエレガンスを、本当の女たちのために戦い、守る」と常々言っていました。
それはコピー商品を法律で取り締まることではなく、品質を堅持し続けることにありました。シャネルの守ったスタイルとは高価な宝石でも希少な布地でもありません。ファッションに妥協しない厳しさです。最高峰の生地を使っても袖のたれ具合ひとつでニセ物になってしまう。コレクション発表前のシャネルはハサミと針と糸を振りかざしてスタッフに指示を飛ばす。最後に物を言うのはシャネルの厳しい目と基本の道具。そこから産み出された服こそがシャネル・スタイルなのです。

痛みのない快適な食事ができる。楽しい会話ができる。
そのために必要なのは高価な機器ではありません。
チタンやセラミックなど最新鋭の材料を使っているから良い治療だとはなりません。
高価な機器を使うから魔法のように治るわけでもない。

入れ歯が数ミクロン厚かったら、咬み合わせが数ミクロン高かったら、虫歯を数ミクロン削り残したら治療は失敗です。
当院にある新しい機材は、必要とあれば積極的に使います。ですが最後はシンプルな器具とそれを使いこなす指先、そして歯科医師の妥協しない厳しい眼差しで目に見えない部分まで追究する姿勢を崩すことはありません。それが「いとう歯科スタイル」なのです。

顧客にはダイヤモンドをふんだんに用いた服を法外な価格で仕立てながら、シャネル本人はイミテーション(にせもの)のダイヤを身に付けて顧客を見下ろしていたという。まだまだ私など海千山千のシャネルの足元にも及びませんが、シャネル・スタイルを追いつき追いこす日を思い描きながら日々診療に励んでいます。

伝記を読み、感銘を受けた私はシャネル銀座ビルへ行ってみました。
店の前に立った私はプレッシャーを感じて入るのに勇気がいりました。ここがシャネルか。ためらいつつ足を踏み入れると、予想とは違う雰囲気に戸惑いました。残念ながら今は亡きシャネルがコピー商品にハサミを入れた、あの伝説のシャネル・スタイルは、もうここでは永遠に手に入らないと悟って店を後にした……。
とカッコつけてみたいけど、0がいくつ付いているのかわからない値札を見て尻尾を巻いて逃げ出した、というのが真相です。

参考文献:20世紀ファッションの創造者 ココ・シャネル ちくま評伝シリーズ

オルタナブログ掲載すみ


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■カネで治めるか、光で治めるか その2 歯科ブログ

ちなみに、必ずしも治療におカネをかければ光を生み出せるわけではありません。
高額な自費治療でヒドい目に合った患者さんを数多く目の当たりにすることがあります。
まるで歯科医と戦争状態になっているような人が当院に駆け込んでくることもあります。

歯科医が闇に落ちるのは、政の言葉を借りれば己の光のありようを見失うから。
光を見失えば患者さんが納得する治療方針が見つからず、もがき、苦しみ、悲劇が生まれます。

そんな口の中を見るたびに思うのは、患者さんが一番の被害者で、とても悲しいことです。
ただ同時にこの施術をおこなった歯科医師の苦境も見抜くことができます。

納得のいく治療方針が見つからず、もがき苦しんでいる。
歯科医師なら互いの治療を見抜く目くらいだれでも持っています。
高額治療を受けたのに患者さんは納得していない。

こうした症例を見ると呂不韋の主張する「カネで世界を治める」というのは、いかにも解決しそうな気がするでしょうし、耳に響きがいいのかもしれませんが、治療方針そのものが間違っていると分かります。

「カネで解決できると思うなら、それは前進ではなく人へのあきらめだ」そう政に説かれているような気がする。
私も自ら患者さんの口の中に闇を作らないようにと改めて身の引き締まる思いがしました。

呂不韋に治世を説く政は自分自身がいつの間にか、まばゆい光をまとって輝いていた。
後に政は中国を統一し、秦の始皇帝となりました。

ご存じのように結局は戦争のない世界を作ることはできなかったのですが、私も歯科医師として光を生み続けて、いつの日か口や歯のことで悩まない世の中にすることを目指しています。
それは戦争のない世の中を目指すのと同様に過ぎた願いかもしれませんが、挑戦し続けます。

参考文献:キングダム39、40巻 原泰久著 集英社


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■カネで治めるか、光で治めるか その1 歯科ブログ


時は紀元前。
当時の中国では国が分裂し争っていました。
その一国の秦では、新しい国王の政(せい)と、王座奪回を目論む丞相の呂不韋(りょふい)の間で、互いの軍勢が激しい戦闘を繰り広げていました。
一方、宮殿の中では政と呂不韋が真正面に向き合って対峙し、どちらが秦を治めるにふさわしいか、激論が交わされていた。

商人から出世した呂不韋は商人らしく「カネ」の力で中国を支配すると主張し、有り余るほどの金で物があふれかえり飢えと無縁な飽食の国、人生を楽しみ謳歌する国を作り、他国にも富みを分け与え戦争をなくそうという考えです。

それに対し政は武力による中国統一を主張。
「暴力による支配は暴力の連鎖を産むだけだ」しょせん戦争はなくならないと否定する呂不韋に対し「人間とは光だ」と切り返した。

政は幼少の頃に母子ともに他国で虐げられ、暴力を振るわれ、命がけで助けてくれた商人の娘の手によって秦に戻った辛い過去を持っています。

人には二面性がある。
戦争を起こす凶暴性、醜悪さも人間の持つ闇の側面だが、一方、赤の他人のために命を捨ててまで人を助ける者もいる。

政が商人の娘に見たのは人の優しさと強さ。
そして強烈な「光」だった。
光を放っているのは商人の娘だけではありません。

戦(いくさ)に敗れて散っていった武将や、名もなき兵士まで、必死で生きる者はみな強烈な光を放っています。
その光を次の者が引き継ぎ広めていくことでさらに力強い光を放つようになる。
人は光でつながり、よりよい方向へ前進する。

こうして中華を分け隔てなく、上も下もなく、ひとつにして次の世代には戦争をなくす。
呂不韋は「王は大きゅうなられましたな」と目頭を押さえ、政の壮大な思想を認めました。

読みながら私は涙が止まりませんでした。
なぜなら私たち歯科医師も毎日光を生み出していることを思い出したからです。
私だけではなく、歯科医師ならだれもが歯科治療によって光を生み出しています。

しかめっ面の患者さんが治療で笑顔になったときや、不安な表情の患者さんが治療方針を説明したらホッと一息ついたとき、入れ歯が上手に入って納得の表情でうなづいたときなど、私たち歯科医師はいつも患者さんの中に光を見ることができます。

もちろん光を生み出すのは歯科医師だけではありません。
専業主婦もスポーツ選手も会社勤めの人も子どもも。
だれだってできます。
あなたにも身に覚えがあるはずです。