いとう歯科医院の歴史 | 入れ歯を保険で治す歯医者さん:杉並区にある【いとう歯科医院】

いとう歯科医院の歴史

私の祖父について

 

いとう歯科医院は、地元松庵で75年以上、三代に渡って保険で良い入れ歯治療を心がけてきました。開業100年を越えても変わらずに保険で良い入れ歯治療を続けていきたいと思っています。

 

 

祖父が昭和初期に保険治療で作ったゴム床の義歯を一つ保存しています。これは歯科用プラスチックが存在しなかった時代の入れ歯です。改めて手にとってみると、歯科治療の歴史の大きさ、長さを感じます。

 

ゴム床は、柔らかいゴムで形を作り、高温高圧で固めて作りました。

 

祖父は優れた歯科医師であるとともに趣味人でもありました。産経新聞と東京新聞に祖父の記事が掲載され、「歌人、歯科医」と紹介されています。そのような余裕ある人生に憧れます。

 

 

 

祖父の祖父について

 

実は「保険でできる良い治療」のルーツは私の四代前、祖父の祖父までさかのぼることができます。

 

四代前の伊藤往来(いとうゆきき)は山口県で漢方医を営んでいました。往来(ゆきき)はある日、行き倒れになっていた身元も分からない外国人を介抱しました。外国人への偏見も強かった時代に自宅に引き取ってかくまうように家で世話をするのは大変なことだったと思います。

 

治療の甲斐あってすっかり回復した外国人は喜んで往来にある薬の作り方を伝授しました。伝授された薬は、不治の病としてその当時恐れられていた梅毒の特効薬でした。実は外国人は医者だったのです。

 

次々と患者を治療していった往来はとても喜ばれました。山口県の地元では往来大明神と呼ばれ祠が建ったと聞いています。良心に基づいて人を助け、奉仕の心で病を治す。そんな往来(ゆきき)の精神を現代に引継ぎ、患者さんの健康を願い、地元松庵で歯科医院を継続していくことが私の使命だと思っています。

 

伊藤往来の写真が今でも残っています。祖父 高秋に似た顔です

 

 

梅毒と、特効薬「毒丸」について解説している往来手書きの書

 

毒丸は登録商標を取得しました

 

 

 

 

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