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悩める60代男性を救った!「入れ歯が動く・歯茎が痛い」難題を、新しい入れ歯ではなく「たった1時間の修理」で解決した話

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「食事してると入れ歯が動いちゃって」

食べにくいし、食べたものが歯グキと入れ歯の間にはさまる。

普段は大丈夫だが食事すると歯グキが痛い

そんな訴えでいらしたのは60代男性のSさん。

上アゴの部分入れ歯は他院で作製されて、もう5年以上も使っているものです。

口の乾燥、口に限らない知覚の過敏がある難病のSさんには、入れ歯の違和感は耐えがたいものでした。

普通は前歯の後ろにピンク色のボディ(床)が付いていて上アゴ(口蓋)を覆っているはずなのですが、知覚が過敏で耐えられないため大幅の削られています。

前歯の後ろには申し訳程度に5ミリ幅くらいにピンク色の床が伸びているだけでした。

前の歯医者の先生も苦労されたのだと推測します。

とはいえ、その甲斐あってSさんは上の部分入れ歯を何とか使っていました。

ピンク色の床は大きく口蓋を覆うほうが入れ歯は安定します。

そりゃあたりまえ、というくらいのことです。

だから「部分入れ歯でも、総入れ歯のようになるべく床を大きくすべし」という主義主張の歯医者もいます。

それが間違っていると言うつもりは私もありません。

しかし患者さんによって条件は様々。

入れ歯治療で一番の大失敗…それは「患者さんが入れ歯を着けてくれないこと」。

大きくすべしの理論だけに偏った入れ歯を患者さんに押し付けても患者さんが「ヤダ」と言ったら論文としては正しくても治療は失敗、間違いなわけです。

ですから大学のセンセなどが見たら卒倒しそうな入れ歯なのですが、申し訳程度の床の入れ歯は正解と言えます。

しかし、やはり口蓋部分を削った代償がありました。

それは入れ歯が安定しないことです。

Sさんの入れ歯は左右4番目の歯に、それぞれ金属バネ(クラスプ)が付いていて入れ歯を口の中に維持しています。

クラスプが左右2つの入れ歯には、とくに欠点があります。

2つのクラスプを支点として入れ歯が回転運動をしてしまうことです。

テコの原理、簡単な物理の法則です。

・食事してると入れ歯が動く
・食べにくい
・食べたものが歯グキと入れ歯の間にはさまる
・普段は大丈夫だが食事すると入れ歯が強く当たって歯グキが痛い

こういった症状は入れ歯が動くと起こる典型的な症状です。

もっとも元から歯が左右に2本しかない、という患者さんは大勢おられます。

そんな患者さんにどう対応するかというと床を大きくして口蓋部分を広く覆う床によって回転を防ぐわけです。

ですからSさんの症状に対する策の一つは「床を大きくする」。

しかし先ほど述べた事情により床を大きくする策は取れません。

Sさんからもご提案がありましたし、そんな時に多くの歯医者が考える策があります。

部分入れ歯の金属バネが折れても保険治療で修理できます

それは
「入れ歯を新しく作る」
こと。

もう古い入れ歯をリセットしてしまうわけです。

長年使っている入れ歯なので適合不良という理由で保険治療でも入れ歯を新しく作り直すことは可能ではあります。

しかし意外とそれは失敗します。

なぜならそこまで入れ歯を小さくしている方の特徴として多いのが
「歯が短い、咬み合わせが低い」
ことがあるからです。

Sさんの歯もすり減って短くなっていて高さが5ミリくらいしかありません。

入れ歯の高さもそのくらい。

そんな薄い小さい入れ歯を新しく作るのは通常の技工所では大変な困難を要します。

作製中の変形、誤差が1ミリでもあると、もう調整もできません。

また入れ歯を作る工程で入れ歯を石こうに埋めて重合して作って、その石こうを壊して取り出す。

そのような荒っぽい作業が必要なので、どうしても入れ歯には、ある程度の厚み、強度が必要になります。

あまりに薄く小さい入れ歯は作れないか、厚すぎる立派すぎる作品ができてくることになります。

多くの患者さんはもちろん歯医者ですら認識していない事が多いのですが、入れ歯を新しく作るのは意外にもリスキーです。

とくに難しい疾患を抱えているSさんには新しい入れ歯を「作らない」ことを強
くお勧めしました。

それではどうするか?

入れ歯の修理です。

Sさんは奥歯が左右に2本づつ残っていました。

左右とも4番目の歯にクラスプがかかっていますがその後ろ、5番目の歯は健全です。

この歯を利用しない手はない。

そこで今回はひだり上5番目の歯に新たにクラスプを増設する修理をご提案しました。

そうすればクラスプが2つ→3つとなります。

新たな3つ目のクラスプによって入れ歯の回転運動を防ぐ策です。

入れ歯を装着しておいて型をとって石こう模型を作ります。

模型上で新しいクラスプを作って入れ歯に埋めこみました。

もっとも増設することによって入れ歯が1センチほど長くなります。

その違和感に耐えられるかどうかは患者さん次第。

仮に耐えられなかったら、あきらめて削り取るしかないことをご説明してから修理に取りかかりました。

もっとも同じような修理を過去にたくさん手がけています。

クラスプ増設修理した入れ歯の成功率と入れ歯を新しく作った成功率の違い、は分かりません。

私が調べた限りでは、そのような論文は存在しませんでした。

…存在しないとは思います。

保険治療で入れ歯を修理を数多く手がける歯医者など、当院以外にはほとんどないと思われるからです。

論文にできるほどの症例数など集まらないでしょう。

入れ歯修理の費用は保険治療3割負担の方で総額約3,000~5,000円

大昔の祖父の時代、およそ100年前にははクラスプを作る方法がワイヤーを屈曲するワイヤークラスプしかありませんでした。

だから祖父はワイヤークラスプを自分で作っていました。

なぜ私がそんなことを知っているかというと理由があります。

私の父は祖父からワイヤークラスプの作り方を教わったと言っていたからです。

父の時代、1960年代くらいから遠心鋳造法の普及によってワイヤークラスプよりも精度が良いとの触れ込みで鋳造鉤が作られるようになりました。

鋳造は工程が多く複雑で作り手の精度も要求されるので歯医者はやらなくなりクラスプを作るのは歯科技工所の役割になってきます。

もっとも父が屈曲できるのはコツの要らない単純鉤まで。

私は歯科技工士に手とり足とり教わった成果として両翼鉤という複雑な形状のクラスプを作れるようになりました。

症例によっては両翼鉤じゃないとダメ、というケースは数多く存在します。

実際に保険治療のクラスプで多く使われるのは両翼鉤です。

だから歯医者が両翼鉤を屈曲できて初めて「どんな入れ歯でも90分で修理できる」と言い切れるわけですが、そんな歯医者は多くないと思います。

さすがに
「ワイヤークラスプなんかオワコン」
なんて言う歯医者はまだいませんが、そもそも使ったこともない歯医者は大勢いるでしょう。

ですから最近はそのような「手を動かせる歯医者」を増やすべくクラスプの曲げかたを動画で紹介したり歯医者向けの教育も手がけているところです。

まるで過去にタイムスリップしている気分ですが、今回の症例のように鋳造鉤や新しく作ることが上手くいかない話はたくさんあります。

むしろトラブルを抱えた入れ歯はこれから増えてくると思われます。

そんな時にワイヤークラスプを用いた入れ歯修理で解決できるのは患者さんにとっても助けになると確信しています。

それはさておき当院では、普段から使えている入れ歯ならば修理して多少大きくなったとしても、ほとんどのケースではそのまま不自由なく使えています。

知覚過敏の難病の症状がどのくらいかによりますが新しく作るよりは成功しそうです。

1時間で修理できた入れ歯を装着したSさん

「あっ、これなら全然大丈夫。違和感ないですよ!」

と笑顔で答えてくださいました。

新しい入れ歯を作ってしまったら、これほどスムーズに使えるようにはできなかったでしょう。

入れ歯修理の力を再認識した次第です。

今回行なったSさんのクラスプを作る修理した治療は、他の治療も含めて4回来院されました。費用は保険治療3割負担で総額約1万5千円でした(症状や治療部位によって費用は変わります)。

【関連記事】→入れ歯がゆるい「Q.上の入れ歯が落ちる、下の入れ歯が浮くなど、長年使用している入れ歯が最近外れやすくなって困っています。治療できますか?」


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・「うまく・・・はなす・・・こと・・・が・・・」98歳患者さんの声を取り戻した”入れ歯の裏張り”マジック! オルタナティブブログ

杉並区、西荻窪で、保険の入れ歯治療を数多く手がける歯医者、いとう歯科医院の伊藤高史です。

オルタナティブブログに記事を載せました。
「うまく・・・はなす・・・こと・・・が・・・」98歳患者さんの声を取り戻した”入れ歯の裏張り”マジック!↓

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・千利休と歯医者の共通点! 名品・入れ歯の「エネルギー」を見抜く目利きとは? オルタナブログ

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オルタナティブブログに記事を載せました。
千利休と歯医者の共通点! 名品・入れ歯の「エネルギー」を見抜く目利きとは?↓

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・いきなり総入れ歯でパニック!? 3ミリの調整で解決した「違和感」との闘い

顔が下がる感じ
発音しにくい
くちびるが引っぱられる

微妙な表現をされるのは50代女性のNさん。

痛い、とかならば痛みを起こしている原因を探って取り除けばいい。
多くの場合は痛みを起こしている部分は直径2~3ミリほどの赤い潰瘍になっています。
だから目で見てわかるわけです。

ところが先ほどの訴えは目で見てわかる病変ではありません。

上下とも歯が一本もない総入れ歯です。
他院で作製されたものですが、あまり悪い出来には見えず、作り手の努力がうかがわれます。

本当に悪い出来ならば、そもそも口の中に入れていられません。

実際に患者さんはいつも口の中に入れて食事もできています。
でも使いにくい、違和感がぬぐえない。

正直に申し上げると、これは苦戦が予想されました。
というのは総入れ歯になった経緯です。

元々は7本の歯を金属冠でつなげた大きなブリッジが入っていました。
前歯はそれで何とか格好がついていたのですが、ある時から支えの歯が揺れ出して、あえなく抜歯に。
するとそれまで入れ歯を全く使ったこともなかったのが、いきなり歯14本分の総入れ歯となってしまいます。

当院に長く通っている方は比較的早くから着脱可能な入れ歯を入れることをおすすめしています。

たとえば歯が2本抜けた時点で2本分の小さな入れ歯を入れる。
年月が経って他の歯が抜けたら、抜けた部分は入れ歯にプラスチック製人工歯を継ぎ足す増歯修理を行ないます。

これまで入れ歯を使っているならば増歯修理して多少は入れ歯が大きくなって、2本分だったのが3本分の入れ歯になったとしても違和感を生じることなく、すぐに適応できるものです。

こうして少しづつ入れ歯が大きくなって、4本5本6本分となって最終的には歯が一本もない左右14本分の総入れ歯になる。
もちろん総入れ歯になるまで何十年もかかるわけです。
このような経緯で総入れ歯になったのならば問題を起こすことは少ないです。

もちろん歯が抜けたりしないように努めるのが歯医者の役割であることは百も承知です。

ですが何十年か経過して総入れ歯になる患者さんはそれなりにいます。
ですから患者さんと信頼関係を築いて時間もかけていくことで、歯がないことを患者さんが受け入れていく。
そのような方向性を決めて患者さんにも徐々に納得して受け入れていただけるよう努力しています。

患者さんの心の受け入れと総入れ歯使用については研究はされているものの、具体的な心の受け入れを数値化して総入れ歯の成功率をパーセントで示した論文などは、私が探した限りでは見つけることができませんでした。

たとえば「入れ歯を受け入れる心チェッカー」みたいなマシンがあってアゴに機械を押し当ててピピピッと測り、10以上なら総入れ歯できる。10未満だとできない、みたいな。
そんな便利な機械は残念ながら存在しません。

ですからなるべくトラブルにならないように穏やかに、歯がない状況にソフトランディングさせるのも必要な技術です。
それには時間もかかります。

それが入れ歯ナシから、いきなり総入れ歯。
これがどんな状況かというと…

あなたが明日突然、手足がなくなって車イスと義手になったと想像してください。

そもそも
「何でこうなった」
とパニックするところから始まるでしょう。

いきなり車イスと義手など使いこなせるはずがないことは想像できるかと思います。

これがたとえば難病などで何十年か経つ間に少しづつ手足の自由が効かなくなる。

こちらはこちらでもちろん大変な状況ではありますが、少なくとも時間はある程度あります。
明日からいきなり手足が動かなくなる難病というのは、あまりないでしょう。
それならば対策も考えつきそうですし少しづつですが覚悟感みたいなものもできて受け入れると思います。

このようなことと同じ状況と私は思っています。

総入れ歯になったことに対して、いわばパニック状態にあるわけです。

それゆえの難しさ。
時間が経つのを待つしかない。
そのようなことも考えられます。

そんな中でも一所懸命に口の中に入れて使ってくださっているのですから素晴らしいことです。

入れ歯を作った歯医者の先生は良い腕前なのでしょう。
それだけに問題を解決したい。

とはいうものの症状を起こす原因がハッキリしないのです。

このような時は、とにかく話を聞くこと。
先ほどの訴えの中で一つヒントがありました。

入れ歯修理の費用は保険治療3割負担の方で総額約3,000~5,000円

それは
「くちびるが引っぱられる」
というもの。

これは入れ歯の前歯の歯並びが前に出過ぎているときに起こる症状です。
とはいえ上下の入れ歯でカチッと噛んだり歯ぎしりしたりした時の歯並びは全く悪くありません。
一箇所で安定して噛めますし歯ぎしりも前後左右に不自由なくできます。

この歯並びを変えるのは相当な勇気が必要です。

たとえば噛んだときの垂直的な高さを変えてはいけません。
垂直的な高さとは、カチッと噛んでもらった状態で鼻の下からアゴの下までの高さをノギスで計測します。
まずはそれを変えないように気をつけます。

入れ歯を新しく作ると往々にしてその高さが変わってしまうことがあります。
また咬み合わせの高さがとくに低くなると下アゴが前に出てしまいます。
そのまま入れ歯を作って無理やり前に出たアゴの位置で使い続けると顎関節症になったり、よく噛めなかったりといったことにつながります。
すると違和感が大きくて使えない入れ歯になってしまう。

とくに今回のNさんのような違和感を強く訴える方は、そうなる可能性が大きい。
気軽に入れ歯を作り替えるなどのことはしない方が無難です。

自動車やスマホなどは新しい物の方が絶対に性能が上です。
なぜならそのように作っているからです。
ですが入れ歯はそういった「物」とは違う概念で成り立っていると考えてください。

新しく作っても上手くいかないことがある。
むやみやたらと新しく作ることが逆にトラブルの元となる。

他にたとえる物がないので表現が難しいのですが、新しく作るタイミングなどは患者さんと歯医者とでよく相談して
「これはもう作り替える以外に治療法がない」
そんなタイミングが作り替える時です。

だから定期的に長年通って信頼関係を築き上げることが何より大切です。

当院では祖父の代から何十年も通っている方も大勢おられます。
それはトラブルの少ない、なおかつ効果の高い治療法を選んでいるからと思っています。
ですから今回は咬み合わせの本質は変えずに前歯の出過ぎていることだけを変えます。

具体的には前歯の後ろ側に歯科用プラスチックを盛って出過ぎている部分を削ります。
ちなみになぜプラスチックを盛るかというと、後ろ側にプラスチックを盛らずに歯の前側を削ると歯がなくなってしまうからです。

上の図のようにすることで、歯の列を後ろに引っ込めることができます

粉と液を混ぜると硬化するプラスチックを盛って、硬化するまで5分ほど待ってから前歯の前側を削ると、歯並びが一本分ほど後ろ側に下がりました。

「あっ! くちびるの引っぱられる感じがなくなりましたよ!」

Nさんは驚いた顔をして笑顔で答えてくださいました。
変化としては3ミリほどです。

多少は歯が前に出ていても不自由なく使っている人は大勢います。
ですからこの3ミリの違いに気がつくのは、なかなか難しいものです。
ただ当院では同じように前歯を後ろに引っこめる治療をいくつも手がけていたので、気がつくことができました。

まずは下の総入れ歯で前歯の位置を後ろに引っ込めました。
同じことを上の総入れ歯でも行ないました。

実はこれでキレイさっぱり全ての症状、違和感を解決…というわけにはいきませんでした。

とはいえ、これ以上歯並びをいじるのは無理でした。なぜならこれ以上も削ると入れ歯に穴が開いてしまうところまで入れ歯が薄くなっていたからです。

入れ歯の厚みをゼロというわけにはいきません。
ただ、これまでと比べれば格段に使い良くなったとのこと。
後は3か月~半年ごとに微調整しながらNさんも使う努力をしてくださっています。

今回行なったNさんの上下とも総入れ歯の歯並びを修理する治療は、通院回数5回。費用は保険治療3割負担で総額約1万5千円でした(費用は症状などにより変わります)。

【関連記事】→入れ歯の違和感「Q.入れ歯を新しく作り直したら、違和感が強くて入れていられません。自費で数十万円もしたのですが…。以前使っていた保険の古い入れ歯のほうが見た目は良くなくても長い時間入れていられるし食事がちゃんとできます。改善できますか?」


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・「カパカパ入れ歯」から「ピッタリ入れ歯」に! 80代男性が笑顔を取り戻すまでの15回

「入れ歯がカパカパになっちゃって食べられなくなっちゃった」

そうおっしゃるのは80代男性のRさん。
歯がなくて上下とも総入れ歯を使っています。
3年ほど入れ歯と歯グキの接するピンク色の面に歯科専用の入れ歯安定材ティッシュコンディショナーを貼り替えながら使い続けていました。

ティッシュコンディショナーは柔らかさがある程度持続し、歯グキとの適合の良い優れた材料です。
ただし劣化する欠点があります。
1か月も経たないうちにペリペリと剥がれてしまったり変形してボソボソになって歯グキを傷つけたりします。

人によっては半年くらい経っても
「あ、大丈夫っす、順調です」
と使える人もいます。

個人差の大きい材料ではあります。
とはいえ何年にも渡って入れ歯を使い続けようとしたら何回か貼り替えが必要です。
劣化したティッシュコンディショナーを削って新しいティッシュコンディショナーを貼るのですが、どうしても劣化した部分を削るときに元の入れ歯も削ることになります。

すると入れ歯の強度が心配になってきます。
そこで時にはティッシュコンディショナーでなく、硬化するとプラスチック状に硬化するリベース材を貼ります。

この治療法はリラインといいます。
そうすると入れ歯の補強になります。

こちらの材料はティッシュコンディショナーと比べると適合は若干劣るかな、というのが私の個人的な感想です。
劣るという論文やデータは存在しないと思います。

またリベース材にも欠点があります。
それは痛くなる可能性があること。

ティッシュコンディショナーを貼った後に痛くなることは、咬み合わせが間違っているとか分厚く貼ったとか致命的なミスでもしない限りは起こらないものです。
しかしリライン後は、材料が硬化したときに尖りが歯グキを傷つけて痛みを起こすことがあります。

ですからリライン後に
「普段は大丈夫だけど、食事すると痛い」
という症状が出たら治療が必要です。

保険治療で入れ歯調整できます

もっともその治療は、さほど難しくありません。

痛みを起こしているのは歯グキの傷です。
多くの場合は目視できます。

だいたい直径1~3ミリ大の赤や白の小さな潰瘍状です。
だからその口の中の傷に白いペーストを付けて入れ歯を装着します。
入れ歯を外すと白いペーストが入れ歯に転写されるので、そこを削ると解決します。

このように数週間~数か月おきにティッシュコンディショナーとリベースを貼り替え続けていたRさんの総入れ歯でした。

しかし今回はさすがにもう入れ歯が限界。
ティッシュコンディショナーを貼ってみたものの、あまりに古い入れ歯だと、ちゃんと貼りつかなかったりします。
また入れ歯が歯グキと接する面だけでなく上下の咬み合わせも磨耗が著しくなっています。

いつもは1~2回の治療で
「あ、これは調子よくなった。また使ってみますね~」
などという感じで終わっていました。

しかし今回はそれで終わってしまうわけにはいきません。
上下とも新しく総入れ歯を作りかえることにしました。

1年くらいポカンと来院が途絶えることが珍しくなりRさんでしたが、新しく入れ歯を作る説明をしたところ毎週キチンと通ってくださいました。
入れ歯を作る途中でポカンと期間が空くと精度が悪くなったりします。

当院に通ってくださる患者さんはみなさん誠実に対応してくださるので本当に感謝しています。

ちなみに、ただやみくもに作っても失敗します。
まず上下ともティッシュコンディショナーを貼ります。
ティッシュコンディショナーを貼ることで接する歯グキの歪みを取り除き良好な状態にします。

実はこれがティッシュコンディショナーの本来の目的です。
歯グキを良好にしてから入れ歯を作製したりリラインしたりすることで、より合った入れ歯にできるのです。

もう一つ大事なのは上下の咬み合わせ。

咬み合わせがすり減ると、口を閉じた時にくちびるが「ヘ」の字になるので分かります。
そこでティッシュコンディショナーで
入れ歯と歯グキを安定させたら咬み合わせの回復です。

入れ歯の噛む面に歯科用のワックスを貼ります。
厚さ1.5ミリほどの規格化されたワックスを貼ることで咬み合わせが1.5ミリ高くなります。
また不均衡な咬み合わせを均等に整えることができます。

前歯から奥歯まで、歯の先端を結ぶと平面ができます。
それを咬合平面といいます。

この咬合平面は、鼻の穴と両耳の穴を結んだ平面であるカンペル平面と平行しています。
その咬合平面を平らに整えることが安定した入れ歯には必要です。

そこでまず上の入れ歯の咬み合わせを平面を整えつつ高くすると
「あっ、これならよく噛めますね」
Rさんは笑顔です。

咬み合わせを高くすると顔が変わります。
少し昔に「クシャおじさん」という歯のない人の顔をテレビに出演していたのですが、あんな感じだったのが若々しい面長な顔貌になります。

とはいえ上下とも歯の磨耗が著しいので改善しているとはいえ、まだくちびるがへの字です。
そこで次に下の入れ歯で咬み合わせを高くすることにします。

入れ歯に歯科専用の入れ歯安定剤を貼る治療の費用は保険治療3割負担の方で総額約2,000~4,000円

しかしこちらはダメだった。

ワックスを貼った入れ歯を口の中に入れると
「あっ、ダメダメ。これはちょっと高すぎます」
とRさん。

口の中の1.5ミリは大変大きな変化です。
こちらは受け入れられず。

とはいえこれは失敗ではありません。

上を高くした咬み合わせがRさんにとって適切な咬み合わせだったということです。
下の入れ歯まで咬み合わせを高くしてしまったら、それは高すぎることが分かったということ。
それならその咬み合わせで入れ歯を新しく作れば良い。

よく「新しく入れ歯を作ったら全然使えない」という患者さんの話をお聞きすることがあります。
それは色々の原因がありますが咬み合わせが変わってしまったからというのは大きな原因の一つです。
だからRさんの入れ歯はできるだけティッシュコンディショナー、リライン、修理で粘りました。

作りかえるのは慎重に行なう必要があるからです。

・アゴが小さい
・咬み合わせが低い

どちらも当てはまるRさんは、とくに注意が必要です。
そこで今回は型をとって石こう模型を作製してから上下咬み合わせを決めるのに工夫をしました。

それは
「現在使っている入れ歯と石こう模型を合わせて上下の咬み合わせを決める」
というもの。

入れ歯を作るときは上下の模型を合わせて歯並び、咬み合わせを決める必要があります。
その際に多くの歯医者は模型を元にワックス製の仮の入れ歯を作って、それで上下の咬み合わせを決定します。
ところがワックスの固さや性状のせいで咬み合わせの位置に大きく誤差が出ます。

先ほど1.5ミリの差で「ダメダメ」となりました。

現在使っている入れ歯の咬み合わせとワックスで決定する咬み合わせとでは1.5ミリどころではない誤差が出ることも珍しくありません。
とくに変に力が入ってしまい下アゴが前に出た咬み合わせになりがちです。
仮にこの方法で入れ歯を作ったら、絶対に使えません。

そのような理由から、現在使っている入れ歯と模型を合わせて咬み合わせを決める手法を当院では、よく行ないます。

石こう模型と入れ歯が必ずしもピッタリ合うわけではありません。
でもその誤差は後から修正するのも簡単です。
下の入れ歯の咬み合わせは普通の人より低いものの、Rさんにはよく合っています。

「あっ、これしていますピッタリしていますね~」
新しい入れ歯を入れたRさんは笑顔で答えてくださいました。

新しい入れ歯を入れて3日後に歯グキとの適合具合の調整をして治療終了になりました。
これならば安心して長く使えますね。

今回行なったRさんの上下とも総入れ歯を調整してから新しく作りかえる治療は、通院回数15回。費用は保険治療1割負担で総額約1万2千円でした(費用は症状などにより変わります)。

【関連記事】→入れ歯に関する悩み「Q.入れ歯がゆるいです。どのようにして改善するのでしょうか?」