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「カパカパ入れ歯」から「ピッタリ入れ歯」に! 80代男性が笑顔を取り戻すまでの15回

「入れ歯がカパカパになっちゃって食べられなくなっちゃった」

そうおっしゃるのは80代男性のRさん。
歯がなくて上下とも総入れ歯を使っています。
3年ほど入れ歯と歯グキの接するピンク色の面に歯科専用の入れ歯安定材ティッシュコンディショナーを貼り替えながら使い続けていました。

ティッシュコンディショナーは柔らかさがある程度持続し、歯グキとの適合の良い優れた材料です。
ただし劣化する欠点があります。
1か月も経たないうちにペリペリと剥がれてしまったり変形してボソボソになって歯グキを傷つけたりします。

人によっては半年くらい経っても
「あ、大丈夫っす、順調です」
と使える人もいます。

個人差の大きい材料ではあります。
とはいえ何年にも渡って入れ歯を使い続けようとしたら何回か貼り替えが必要です。
劣化したティッシュコンディショナーを削って新しいティッシュコンディショナーを貼るのですが、どうしても劣化した部分を削るときに元の入れ歯も削ることになります。

すると入れ歯の強度が心配になってきます。
そこで時にはティッシュコンディショナーでなく、硬化するとプラスチック状に硬化するリベース材を貼ります。

この治療法はリラインといいます。
そうすると入れ歯の補強になります。

こちらの材料はティッシュコンディショナーと比べると適合は若干劣るかな、というのが私の個人的な感想です。
劣るという論文やデータは存在しないと思います。

またリベース材にも欠点があります。
それは痛くなる可能性があること。

ティッシュコンディショナーを貼った後に痛くなることは、咬み合わせが間違っているとか分厚く貼ったとか致命的なミスでもしない限りは起こらないものです。
しかしリライン後は、材料が硬化したときに尖りが歯グキを傷つけて痛みを起こすことがあります。

ですからリライン後に
「普段は大丈夫だけど、食事すると痛い」
という症状が出たら治療が必要です。

保険治療で入れ歯調整できます

もっともその治療は、さほど難しくありません。

痛みを起こしているのは歯グキの傷です。
多くの場合は目視できます。

だいたい直径1~3ミリ大の赤や白の小さな潰瘍状です。
だからその口の中の傷に白いペーストを付けて入れ歯を装着します。
入れ歯を外すと白いペーストが入れ歯に転写されるので、そこを削ると解決します。

このように数週間~数か月おきにティッシュコンディショナーとリベースを貼り替え続けていたRさんの総入れ歯でした。

しかし今回はさすがにもう入れ歯が限界。
ティッシュコンディショナーを貼ってみたものの、あまりに古い入れ歯だと、ちゃんと貼りつかなかったりします。
また入れ歯が歯グキと接する面だけでなく上下の咬み合わせも磨耗が著しくなっています。

いつもは1~2回の治療で
「あ、これは調子よくなった。また使ってみますね~」
などという感じで終わっていました。

しかし今回はそれで終わってしまうわけにはいきません。
上下とも新しく総入れ歯を作りかえることにしました。

1年くらいポカンと来院が途絶えることが珍しくなりRさんでしたが、新しく入れ歯を作る説明をしたところ毎週キチンと通ってくださいました。
入れ歯を作る途中でポカンと期間が空くと精度が悪くなったりします。

当院に通ってくださる患者さんはみなさん誠実に対応してくださるので本当に感謝しています。

ちなみに、ただやみくもに作っても失敗します。
まず上下ともティッシュコンディショナーを貼ります。
ティッシュコンディショナーを貼ることで接する歯グキの歪みを取り除き良好な状態にします。

実はこれがティッシュコンディショナーの本来の目的です。
歯グキを良好にしてから入れ歯を作製したりリラインしたりすることで、より合った入れ歯にできるのです。

もう一つ大事なのは上下の咬み合わせ。

咬み合わせがすり減ると、口を閉じた時にくちびるが「ヘ」の字になるので分かります。
そこでティッシュコンディショナーで
入れ歯と歯グキを安定させたら咬み合わせの回復です。

入れ歯の噛む面に歯科用のワックスを貼ります。
厚さ1.5ミリほどの規格化されたワックスを貼ることで咬み合わせが1.5ミリ高くなります。
また不均衡な咬み合わせを均等に整えることができます。

前歯から奥歯まで、歯の先端を結ぶと平面ができます。
それを咬合平面といいます。

この咬合平面は、鼻の穴と両耳の穴を結んだ平面であるカンペル平面と平行しています。
その咬合平面を平らに整えることが安定した入れ歯には必要です。

そこでまず上の入れ歯の咬み合わせを平面を整えつつ高くすると
「あっ、これならよく噛めますね」
Rさんは笑顔です。

咬み合わせを高くすると顔が変わります。
少し昔に「クシャおじさん」という歯のない人の顔をテレビに出演していたのですが、あんな感じだったのが若々しい面長な顔貌になります。

とはいえ上下とも歯の磨耗が著しいので改善しているとはいえ、まだくちびるがへの字です。
そこで次に下の入れ歯で咬み合わせを高くすることにします。

入れ歯に歯科専用の入れ歯安定剤を貼る治療の費用は保険治療3割負担の方で総額約2,000~4,000円

しかしこちらはダメだった。

ワックスを貼った入れ歯を口の中に入れると
「あっ、ダメダメ。これはちょっと高すぎます」
とRさん。

口の中の1.5ミリは大変大きな変化です。
こちらは受け入れられず。

とはいえこれは失敗ではありません。

上を高くした咬み合わせがRさんにとって適切な咬み合わせだったということです。
下の入れ歯まで咬み合わせを高くしてしまったら、それは高すぎることが分かったということ。
それならその咬み合わせで入れ歯を新しく作れば良い。

よく「新しく入れ歯を作ったら全然使えない」という患者さんの話をお聞きすることがあります。
それは色々の原因がありますが咬み合わせが変わってしまったからというのは大きな原因の一つです。
だからRさんの入れ歯はできるだけティッシュコンディショナー、リライン、修理で粘りました。

作りかえるのは慎重に行なう必要があるからです。

・アゴが小さい
・咬み合わせが低い

どちらも当てはまるRさんは、とくに注意が必要です。
そこで今回は型をとって石こう模型を作製してから上下咬み合わせを決めるのに工夫をしました。

それは
「現在使っている入れ歯と石こう模型を合わせて上下の咬み合わせを決める」
というもの。

入れ歯を作るときは上下の模型を合わせて歯並び、咬み合わせを決める必要があります。
その際に多くの歯医者は模型を元にワックス製の仮の入れ歯を作って、それで上下の咬み合わせを決定します。
ところがワックスの固さや性状のせいで咬み合わせの位置に大きく誤差が出ます。

先ほど1.5ミリの差で「ダメダメ」となりました。

現在使っている入れ歯の咬み合わせとワックスで決定する咬み合わせとでは1.5ミリどころではない誤差が出ることも珍しくありません。
とくに変に力が入ってしまい下アゴが前に出た咬み合わせになりがちです。
仮にこの方法で入れ歯を作ったら、絶対に使えません。

そのような理由から、現在使っている入れ歯と模型を合わせて咬み合わせを決める手法を当院では、よく行ないます。

石こう模型と入れ歯が必ずしもピッタリ合うわけではありません。
でもその誤差は後から修正するのも簡単です。
下の入れ歯の咬み合わせは普通の人より低いものの、Rさんにはよく合っています。

「あっ、これしていますピッタリしていますね~」
新しい入れ歯を入れたRさんは笑顔で答えてくださいました。

新しい入れ歯を入れて3日後に歯グキとの適合具合の調整をして治療終了になりました。
これならば安心して長く使えますね。

今回行なったRさんの上下とも総入れ歯を調整してから新しく作りかえる治療は、通院回数15回。費用は保険治療1割負担で総額約1万2千円でした(費用は症状などにより変わります)。

【関連記事】→入れ歯に関する悩み「Q.入れ歯がゆるいです。どのようにして改善するのでしょうか?」


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・グラグラの最終一本を抜くまで4年。Mさんの総入れ歯治療に見る「心の準備」の大切さ

杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。

「いやー、もう歯がグラグラでダメですわ」

そうおっしゃるのは70代男性のMさん。

その口調はしかしサッパリとしたものでした。

もう長年通っているMさんは上下とも元々揺れている歯の多い口の中でした。

歯を残す努力はしつつも少しづつ歯を抜いて、入れ歯にプラスチック製人工歯を継ぎ足す増歯修理を行なってきました。

それで今回下の入れ歯は最後の一本の揺れが大きくなったので抜いて増歯をしたら総入れ歯となります。

4年に渡り最後の一本を維持してきました。

入れ歯は歯グキと接するピンク色の面が不適合になったら歯科専用の入れ歯安定材ティッシュコンディショナーを貼ったり補強の意味も含めて硬化するとプラスチック状に硬くなるリベース材を貼ったりして適合を維持して使っていました。

ただその最後の一本も軽く揺れている歯でした。
それでもう4年にも渡って最後の一本も一生保つわけではないので、抜けたら増歯修理してから新しく作る治療方針をことある事に説明していました。

そのように繰り返し啓蒙していた甲斐があって歯を抜くのも増歯修理するのも問題なく順調にできました。

科学的根拠のない話ですし医療の話ですらないのですが、このように時間をかけて繰り返し啓蒙して患者さんも納得して歯を抜かれる、入れ歯を作られる「覚悟感」のようなものが治療には必要と個人的には思います。

覚悟感の有無と治療の成功率の違いの統計的なデータなど取れるはずがありません。

だから科学でも医学でもないのですが、治療の際に大きな違いとなることをよく経験します。

たとえば14本つながった金属ブリッジを長年使っていたのが、ある日揺れてきて某歯医者が一気に全部抜いてしまった。

14本あって不自由なく使っていたのが、ある日突然歯が一本もなくなってしまった。

定期的な入れ歯調整メンテナンス。費用は保険治療3割負担の方で総額約2,000~3,000円

代わりに総入れ歯を作ったが全然使えない。
そんなケースを目にすることがあります。

それは治療は私の技術では、ほぼ不可能です。

咬み合わせの位置も、その総入れ歯が正しいのか分からないというのが難しすぎる理由の一つですが、もう一つの理由として患者さんの「覚悟感」というものがあると個人的に思っています。

そもそも何が起こって、何で総入れ歯になったのか、患者さんの理解が追いついていない。

そんな状態でこれまでのブリッジと何もかもが違う総入れ歯を使うことなど不可能です。

極端な例になりますが、私が明日突然手足がなくなって車椅子と義手で暮らせ、と言われても生活にならないでしょう。

それと同じことです。

今回のMさんのように時間をかけてMさんの心の中に納得感、覚悟感をゆっくり醸成することは科学的、医学的根拠などないのですが大事だと思います。

入れ歯治療とは、長年通ってくださっているからこそできることなのです。

そのようなことで増歯修理は順調にできました。

いっぽう歯がある時代に難しかったのは咬み合わせです。

噛んでもらうとくちびるがへの字になります。

これは下の入れ歯の高さが低いと起こる状態です。

・歯グキが痛くなる
・上手く噛めない
・口角炎

など様々な症状を起こすのと、いわゆる巾着顔になって年寄りっぽい顔貌になります。

改善したいのはやまやまだったのですが簡単にはできない理由がありました。

それは残っている歯です。

歯が残っている部分入れ歯では多くの場合に、残っている歯が咬み合わせの基準となります。

咬み合わせが低いからといって入れ歯の人工歯で咬み合わせを高くすると、残っている歯で噛まなくなります。

するとかえって咬み合わせが不安定になり

・やたらと磨耗する
・顎関節に症状を引き起こす、アゴが痛い、口が開かないなど
・入れ歯の強い違和感

このような症状を引き起こすことがあります。

もっともそのような症状を起こさないこともあります。

ただ、やってみて初めて分かることです。

だから残っている歯で噛み合っている入れ歯に対しては咬み合わせを高くする咬合挙上(こうごうきょじょう)治療は、なかなかやりにくいものです。

咬み合わせが低いことで様々な症状を引き起こしているのなら咬合挙上を試みる価値はあります。

これまでMさんはさほどそのような症状を訴えなかったので、咬み合わせについてはずっと保留していました。

とはいえ、とうとう最後の一本がなくなりました。

それならばもう遠慮はいりません。

増歯修理して1週間様子を見て変わった事が起こらなかったので咬合挙上することにしました。

下の入れ歯、両側臼歯部の噛む面に歯科用のワックス板を貼り付けます。

これで仮の高さを決定します。

このワックスは約1.5ミリほどの厚さに規格化されています。

だからワックス一枚を貼ると1.5ミリ咬み合わせが高くなります。

そのワックスを噛んでもらうことで咬み合わせの位置を決定できます。

そうしたらワックスを左右どちらかを一枚ずつ除去してワックスの代わりに歯科用プラスチックを盛って噛んでもらうと咬み合わせを高くすることができるわけです。

この時に用いる歯科用プラスチックは粉と液を混ぜると硬化するものです。

混ぜた直後はドロドロなのが1分ほどで餅状になります。

その時に口の中に入れて噛んでもらいます。

それからさらに5分ほどでプラスチック状に硬化するので、余分なバリを削って研磨して完成。

入れ歯修理の費用は保険治療3割負担の方で総額約3,000~5,000円

生えている歯の咬み合わせを1.5ミリ変えるというのは至難の業です。

たとえばセラミックのかぶせものでそんな事をしたら、ほぼ確実に顎関節症になったり不定愁訴を起こしたりします。

不定愁訴とは原因不明のめまい、頭痛、手足の痺れなど日常生活に重篤な障害となる症状のことです。

ですが総入れ歯なら咬み合わせの大胆な治療が可能です。

とはいうものの症状を起こす可能性は否定できません。

だから1週間ほど様子を見ました。

結果なにごともなく食事も快適にできるようになったとのことでホッと胸を撫で下ろしました。

そこまで下準備をしたうえで下の新しい総入れ歯を作ることにしました。

長年使ってきた入れ歯は修理調整を繰り返していてツギハギらけ。
もう限界だったからです。

また歯がある時代に作られる部分入れ歯と歯がない状態になった総入れ歯とでは入れの設計思想が異なります。

部分入れ歯から総入れ歯になってそのまま使い続ける方もいますが、多くの場合に新しく作ることになります。

新しく総入れ歯を作る際に、とくに技術を要するのがアゴの型とりです。

普通は大ざっぱに下アゴの形に合った既製の型とり用トレーにゴム状の型とり材(印象材)を盛って口の中に入れて型をとります。

それで上手く型とりできることもあるのですが、とくに歯が一本もない無歯顎の場合は既製トレーだと難しいです。

とくに下アゴはトレーの余分な部分がジャマしてアゴの型というよりもトレーの型がとれてしまいます。

トレーに合った入れ歯など作ってもしょうがないので対策が必要です。

そこで既製トレー型とりして作った石こう模型を元にMさん専用の型とり用トレー厚手のプラスチックで作りました。

このようなトレーを「個人トレー」といいます。

個人トレーを作る際に気をつけるのは「大きすぎないこと」。

アゴ骨が痩せて小さく薄くなっているMさんの口の中に合わせるトレーは最初から既製トレーの半分くらいの幅のものでした。

それでも口の中に合わせて舌を動かすと、その動きに合わせてトレーもフワフワと動いてしまう。

これはトレーが大きすぎるということ。
そこでトレーの舌側を削っていきます。

削って合わせるのを繰り返すうちに舌を動かしてもトレーはアゴの上で安定してきました。

舌側が安定したら今度は外側(頬側)でも同じ作業をします。

イー、ウーと発音してもらい頬を私が大きく動かしてもトレーが動かなくなったら個人トレーの完成です。

次に削ったままだと口の中とあっていないのでコンパウンドという熱を加えると柔らかくなり冷めると固まる材料をトレーの縁につけて口の中に入れて舌側、頬側の形を作っていきました。

実はこの時点でもう、トレーを外そうとするとキューッとアゴに吸いつく感じが出ています。

最後の仕上げに印象材を薄くトレーに盛ってアゴに合わせて型とりは完了。

こうして作製した下の総入れ歯を入れたMさんは

「あ、これはよく合ってるね」
と笑顔です。

微調整して治療終了になりました。

今回行なったMさんの増歯修理してから入れ歯を新しく作る治療は9回の来院でできました。費用は保険治療1割負担で総額約6,000円でした(症状などにより費用は変わります)。

【関連記事】→歯を抜くことについて「Q.グラグラで痛くて抜いてもらいたい歯があります。抜歯後、どのくらいの期間で入れ歯を作れますか?」


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・杉並区西荻窪|「あっ、これなら歯が見えますね!」歯科医が自ら調整する総入れ歯の「自然な笑顔」とは? オルタナティブブログ

杉並区、西荻窪で、保険の入れ歯治療を数多く手がける歯医者、いとう歯科医院の伊藤高史です。

オルタナティブブログに記事を載せました。
杉並区西荻窪|「あっ、これなら歯が見えますね!」歯科医が自ら調整する総入れ歯の「自然な笑顔」とは?↓

https://blogs.itmedia.co.jp/ito_takafumi/2025/09/post_199.html

ホームページ掲載 すみ


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・金属を多用した高額入れ歯にご用心! 痛い原因、まさかの「削れない」構造だった!

杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。

「食事すると入れ歯が痛くて…」

顔をしかめているのは50代女性のOさん。

普段は痛くないけれど食事すると痛い。
そのような症状はよくあります。

こんな時には2~3日様子を見てください。
症状が治まらなかったら早めに歯医者を受診しましょう。
自然に治ることはありません。

なぜなら入れ歯のフチや内部の出っ張りが歯グキと強く当たって傷ができると、そのような症状が出ます。

これは物理的な刺激、たとえれば針が刺さっているのと同じ状態ですから、原因を除去しない限り自然には治らないからです。

治療方法としては歯グキと当たっている入れ歯のフチや内部の出っ張りを削って除去すること。

歯グキの傷は多くの場合ハッキリと見えますから、傷に白いペーストを付けて入れ歯を装着。

それから入れ歯を取りはずすと白いペーストが入れ歯に転写されます。

その入れ歯に着いた白い部分を削れば解決します。

原因がハッキリしていて解決方法も単純。
普通であれば簡単な治療です。

しかし…

今回は簡単な治療ではありませんでした。

思わぬ理由でOさんのケースではその治療が行なえなかったからです。

思わぬ理由とは入れ歯の構造上の問題です。

Oさんの下アゴは前歯6本が生えていて両側の奥歯がない状態。
両側の奥歯が入れ歯で、前歯の部分でつながっています。

そのつなぐ方法が悪かった。

保険治療で、痛い入れ歯も調整できます

鋳造バーといって細い金属でつないでいたのです。

模型上でワックスで作り、それを金属に置き換える鋳造(ちゅうぞう)という手法で作られます。

・模型上で、ワックスで形を作る
・ワックスで作ったものを金属のリングで覆ってから埋没材という熱に強い石こうで埋める
・埋没したものに熱を加えてワックスが溶けて流れ出ると埋没材の中に空洞かできる
・その空洞の中に熱した金属を流し込む

手間はかかるものの歯グキと精密に合ったものができるとの触れ込みです。

細いから違和感が少ないという大義名分で使われる鋳造バーは、保険点数が高く設定されているため、小金を稼ぎたい歯医者が好んで用いる方法です。

もっとも、この数年で鋳造バーに使われる金属の値段が急激に上昇しました。
昔は30グラム1万円くらいだったのが10万円とかになっています。
これは鋳造の合金に含まれるパラジウムという金属が原因です。

パソコンや半導体の需要が急増して貴金属であるパラジウムの価格が跳ね上がっているのです。
金やチタンの方が安いくらい。
ですから今は鋳造バーは値段的にも厳しそう。

値段の話はともかく、ほとんどネット情報にも出てこない話ですが、この鋳造バーには致命的な欠点があるため当院では使いません。

致命的な欠点とは
「鋳造バーを削れないこと」

Oさんのケースでも鋳造バーを見た瞬間にイヤな予感がしたものです。

歯グキの赤く潰瘍状になった傷に白いペーストを付けて入れ歯を装着。
外すと入れ歯に白いペーストが転写されます。
その白いペーストを見て、当たってほしくなかった予感が的中してしまいました。

鋳造バーに白いペーストが付いているのです。

模型上でいくら精密に合わせたとしても歯グキは柔らかいですし生きている体です。歯グキの方が変化して鋳造バーと当たることなど、いくらでも有り得ます。

先に「細いから違和感が少ない」と書いた鋳造バーは幅が3~4ミリ、厚さが2ミリほどです。
傷に接しないようにするために削ると、通常は直径2~3ミリは削ることになります。
幅が3~4ミリの物を2~3ミリ削ったらどうなるか、わかりますよね。

はい、入れ歯はボキッと折れてしまいます。

この致命的な欠点があるから当院は用いないのですが、当院の他にそのような情報を出している所は皆無でした。

「鋳造バー 欠点」と検索しても
「鋳造バーが歯グキを傷つけていた場合に削る調整が一切できず治療できなくなってしまうこと」
との情報は私が書いた話以外、まったく出てきません。

ですからここに書くのですが簡単で分かりやすい話だと思います。
こんな当たり前の話を他の歯医者はなぜ言わないのか不思議です。

入れ歯に歯科専用の入れ歯安定剤を貼る治療の費用は保険治療3割負担の方で総額約2,000~4,000円

その話は置いといて現実にどうするか。

鋳造バーを可能なだけ直径1ミリ削って傷口を少しでも避ける努力をしました。
折れたら終わりなので慎重に、おっかなびっくり削ります。

それでも装着すると
「あっ、さっきよりラクになりました!」
と笑顔です。

これともう一つやることがあります。

それは入れ歯左右の臼歯部の調整です。

歯グキと接するピンク色の面にティッシュコンディショナーという入れ歯安定材のようなものを貼ること。

入れ歯の臼歯部がわずか0コンマ何ミリでも挙上されます。

こうすることで金属部分も0コンマ何ミリでも歯グキとスキマができることを期待します。

部分入れ歯は金属バネ(クラスプ)を歯に引っかけることで維持しています。
だからティッシュコンディショナーをあまり厚く貼ってしまうとクラスプが合わなくなってしまいます。

そのような理由でティッシュコンディショナーを貼るといっても、このようにせいぜい0コンマ何ミリの厚みを与えるのが精いっぱいです。

それでも効果はありました。

「あっ、これならまったく当たらなくなりました」

Oさんは再び笑顔。

しかし…

これで終わりにはなりません。
結局新しく入れ歯を作ることは必要です。

なぜなら今行なった処置は一時しのぎでしかないから。

だから同じ日に口の型をとって新しく入れ歯を作る治療も進めることにしました。

案の定、1週間後に来院されたOさんは

「はじめの数日は良かったんですけど、やっぱり食事すると痛いですね」

とおっしゃいます。

もう金属バーを削ることはできません。

ティッシュコンディショナーは適合が良くなる優れた材料ですが欠点があります。

それは「劣化」です。
時間とともに劣化します。

保険治療でも必要ならば毎週ティッシュコンディショナーを貼る治療が認められています。
そのくらい劣化が早いわけです。

そこで入れ歯を作る作業を進めながら、今使っている入れ歯に再びティッシュコンディショナーを新たに貼りました。

そのようなことから次からの治療は1週間も空けずに3~4日ごとに来ていただくことにしました。

入れ歯も歯医者の私が自分で作ります。

通常は完成を専門の歯科技工所に発注します。
しかしそうすると発注する、模型を引き取りに来る、作製する、持ってくる、このような工程で、どうしても1週間~十日はかかってしまいます。

近ごろは働き方改革などの影響で
「急ぎで明日までに徹夜で作ってね、よろ~」
などのような無茶な発注はできません。

そんなことをしたら狭い業界ですぐに話が広まって取引停止になってしまいます。

歯医者である私が入れ歯を作れば、2~3日、極端なケースでは明日作ることも可能です。

こうして4回の来院で入れ歯が入ったOさん。

両側臼歯部をつなぐ前歯の部分はプラスチックに補強の金属線を埋め込んで歯、歯グキと形を合わせたプレート状にします。

こうすることで歯グキへの過剰な負担を避けられます。

痛みが生じてもプラスチックの部分を削ればいいので調整が簡単にできます。

金属バーと比べてプレート状に幅が広くなると違和感は、どうなの?
と気にされる方もいますが、すぐに慣れます。

前歯のプレートの違和感が原因で入れ歯が使えないというトラブルは、私自身は経験がありません。

実際にOさんも新しい入れ歯を一回の調整で不自由なく使えるようになりました。
そのため現在は、順調に3か月ごとの入れ歯の調整と残っている歯の定期的な歯周治療を行なっています。

【関連記事】→入れ歯が痛い「Q.噛んだ時に、歯ぐきが痛いです。食事のときは入れ歯を外してしまいます。入れ歯をつけて食事がしたいです。治りますか?」


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・高額なシリコン入れ歯を捨て、保険治療で快適な毎日に。その驚きの理由とは?

杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。

「自費治療の金属床入れ歯の方が調整しやすいんです」
「自費治療の金属床入れ歯の方が修理が簡単なんです」
「自費治療のノンクラスプ入れ歯の方が歯とよく合います」

歯医者からそう力説された60代女性のNさん。

そーかなー?
と素人ながら疑問を持ったと言います。

もっとも歯医者じゃないあなたでも、そのような「イヤな予感」「勘」「なんとなく見えるヘンなオーラ」みたいなものは大切にしてください。
だいたい当たります。

「でも言い返せないですからねえ…」

渋々ながら30万円で作製された自費治療の下の部分入れ歯。
フレームに金属を多用して、歯に引っかけて入れ歯を維持する金属バネの代わりにシリコンの構造物を引っかけるというもの。

完成したものの、ひだり下の歯グキが痛くてしょうがない。入れ歯を入れて食事ができません。

またシリコンの構造物と歯が合ってなくて食事中に入れ歯が簡単に外れて食べものが入れ歯と歯グキの間に挟まってしまう。
これも痛くてツラい。

しかし当の歯医者は
「この入れ歯はこれ以上は調整できません」
の一点張り。

・調整しやすい
・修理が簡単
・歯とよく合う

の話はどこへ行ってしまったの?
それで困ったNさんは当院へいらっしゃいました。

定期的な入れ歯調整メンテナンス。費用は保険治療3割負担の方で総額約2,000~3,000円

まずは痛みを取り除くことから。

ひだり下の歯グキには直径5ミリほどの大きな傷ができていました。
これは入れ歯の余計な角や出っ張りが歯グキを傷つけて起こす症状です。
治療法としては歯グキを傷つけている入れ歯の余計な角や出っ張りを削って歯グキに当たらないようにすること。

単純明快です。
しかし今回のNさんの入れ歯は安易にそのような治療を許さない事情がありました。

それはシリコンの構造物です。

歯グキに当たっていたのがシリコンの構造物だったのです。
下手に削ると構造物が壊れてしまいます。

だからノンクラスプ入れ歯はお勧めできないと当院では力説しています。
後から何かが起こった時に、その構造がいちいち足を引っ張るからです。

そのような説明をしながらシリコンの構造物を細心の注意を払って最低限度の削合をして、傷口の入れ歯が当たらないようにしました。

「あらっ、痛くない!」
Nさんは笑顔で答えてくださいました。

1週間後に様子をうかがうと痛くなくなったおかげで、ゆっくりながら食事できるようになったとのことです。

ゆっくりながら、は何故かというと入れ歯がユルいからです。
ユルい原因はシリコンの構造物です。
歯とシリコンの構造物が全く合っていません。

Nさんが舌を動かすと、それだけで入れ歯はパカッと外れてしまいます。
こればかりは、どうしようもありません。

ノンクラスプ入れ歯のシリコンの構造物の致命的な欠点です。
後から調整は一切できない。

金属バネならば、ゆるくなったらプライヤーでギュッと締めれば維持力は復活します。
ゆるい部分入れ歯のもっとも簡単な調整の一つです。
そして効果は絶大です。

しかしその効果絶大な治療を封じられてしまっては、どうしようもありません。

ノンクラスプ入れ歯、シリコン入れ歯、商品名もたくさんありますが、宣伝で言うほどは合わないものです。

結局は入れ歯のウラ、歯グキと接する面に歯科専用の入れ歯安定材ティッシュコンディショナーを貼ることにしました。
歯で維持することができないので、せめて歯グキと入れ歯を合わせようという策です。

根本的な解決にはならないものの、やらないよりはマシ。

ただティッシュコンディショナーを貼るのに、今度は金属床が足を引っ張ります。
ティッシュコンディショナーはプラスチックとは接着しますが金属やシリコンとはくっつかないからです。

以前にシリコンを全面に貼られた入れ歯にティッシュコンディショナーを貼るのを試したこともありますが、なんと一日も持たずにハガれてしまいました。

そのようなことを説明しつつ、少ないプラスチック面に接着して効果を発揮すればとの思いで貼ってみます。

やらないよりは、ずっと良い。
というNさんの感想。

とはいうものの相変わらず入れ歯は維持してくれません。
舌を動かすと入れ歯がフワッと浮いてしまいます。
ただ歯グキとの適合が良くなることで使い良くなることがあります。

そこで再び様子を見ていただくことに。

後日に様子をうかがうと
「まあ、外れやすさはあるんですけど」
と言いつつも、よく合って使いやすい、食事も快適にできるようになったとのこと。

入れ歯を新しく作る型取り、模型作製まで行なって備えていたのですが、結局は作らずに、修理した金属床入れ歯をそのまま使ってみることになりました。

保険治療で入れ歯の金属バネが折れたのを修理

仮に新しく作る入れ歯が金属床入れ歯やシリコン入れ歯などの自費治療の作品だったら、多くの歯科医院だったら有無を言わさず新しい入れ歯を作っていたはずです。
なぜなら作ることで大金が歯医者の手に入るからです。
逆に作らなかったら儲けはゼロ。

歯科治療とは医療です。
歯科でない医療の世界では「利ザヤが大きいから」というふざけた理由で手術する医師などは、ほぼいません。
「利ザヤが大きいから」というふざけた理由で高額な入れ歯を作ったりインプラント入れたりするのは歯科ならではの光景です。

修理した入れ歯がよく合っているならば無理やり新しく入れ歯を作るのはリスク、害でしかありません。
しかし私でも自費治療入れ歯で仮に百万円入るかゼロか、と言われたらリスク、害とわかっていても大金の誘惑に勝てる気がしません。

だって人間だもの。

でも仮に新しく入れ歯を作るとしても保険治療ならば総額1~2万円程度のものです。
お金に目がくらむことなく新しく作る、作らないの判断ができます。

それからずっと様子を見ていますが結局は半年に一度ほどの調整だけで過ごしています。

あとは残っている歯が大事です。

歯が抜けた時に、抜けた部分を入れ歯にプラスチック製人工歯を継ぎ足す「増歯修理」が保険治療のプラスチック製入れ歯なら簡単にできるのですが自費治療のシリコン入れ歯では一切できません。

そんな致命的な欠点もあるので半年に一度、歯石除去とブラッシング指導を続けています。
比較的若い方なので今すぐ歯が抜けることはありません。

歯が抜けた時に入れ歯を作り直すのは必要となりますが、定期的な歯周治療と入れ歯の経過観察で長期的に変化させないことを主な目的として治療を続けているところです。

もう一つNさんは気にしていることがありました。

それは上の部分入れ歯です。

ひだり上の前から1から3番目の前歯が、キレイなセラミックのかぶせものが装着されています。
いっぽう、みぎ上の1から3番目までは入れ歯です。

その入れ歯の前歯が明らかに3ミリほども短くて、笑ったときにひだり上は歯の先端2~3ミリほどがキレイに見えるのですが、みぎ上はくちびるがかぶってしまって歯が見えません。
ちょっとアンバランスな歯並びです。

このような症例こそ、保険治療で入れ歯修理の出番。

上の入れ歯は一般的な保険治療で作製されたプラスチック製です。
人工歯もプラスチック製なので修理は可能。

ところで前歯3本分の修理というとバカ正直に3本全部やりがちではあります。

しかし実は今回は一番前の歯、一本だけ修理しました。
セラミックでできたひだり上1番と入れ歯のみぎ上1番との高さの差が見た目の違和感の原因だからです。

だからまず入れ歯のみぎ上1番だけに歯科用プラスチックを盛り足して、ひだり上1番と歯の高さを合わせました。
横の2番3番は短いことは確かなのですが見た目の影響は少ないです。

もっとも見た目とは患者さんの主観ではあります。
患者さんの意見が大事なのは言うまでもないことです。

鏡で新しい歯並びを見たNさんは
「あっ、これなら良さそうですね」

と笑顔で答えてくださいました。

もっとも後から修理した歯は変色しやすかったり壊れやすかったりします。
だからいつまで使えるか長持ちするかと言われると、そうは言えません。
新しく上の入れ歯を作るときも同じようにひだり側と歯の高さを合わせた入れ歯を作れば良いとわかりました。

いきなり新しく作ろうとすると、どのような設計にすれば良いのか分からないまま作ることになります。
入れ歯を修理調整を繰り返すことで、その入れ歯のクセや患者さんの趣向を把握できます。
そうすることによって入れ歯を新しく作るときに、より成功の確率が上がります。

「痛いのを何とかしてほしい」
「入れ歯がゆるいのを何とかしてほしい」
「見た目の違和感を何とかしてほしい」

そんな困ったことへの対応は迅速である必要があります。

もっとも今後どうするか、という話については年月経って状況も変わってきたりします。
情報や治療経験が不足したまま突き進むのは失敗の元。
だからあまり性急な変化は避けて、じっくり取り組むことが必要です。

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