杉並区西荻窪で、入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。
「上の総入れ歯が噛めないし、すぐ外れるし」
そんな症状を訴えるのは70代女性のJさん。
入れ歯自体の形は悪くありません。
咬み合わせも1箇所でパチッと噛めて安定しています。
他の歯科医院で数か月前にこの入れ歯を作製。
それ以来ずっと調整を繰り返していたと言います。
しかし
「自分にはこれが限界です。これ以上は良くすることはできません」
と担当の歯科医師から言われました。
決してこの担当医を否定、批判するつもりはありません。
先生なりにがんばられたのだと思います。
その証拠に咬み合わせの丁寧な調整、外形の細かな修正。
内面適合を改善するために歯科専用の入れ歯安定剤ティッシュコンディショナーを貼ってありました。
とはいうものの、ここまでがんばってまだ改善しないとなると…
たとえば「痛い」とかいう時には痛みの原因となっている直径数ミリの範囲を削ったら改善した。
そんな簡単に解決できることもあるのですが、今回はそんな小手先のテクニックでは対処できません。
そのような時に頼りになるのは「教科書」です。
と言っても患者さんの目の前で教科書を広げるわけではありません。
「医学には正解がありますが医療に正解は無い」
よく言われる言葉です。
臨機応変な対応は必要です。
一方で困難なときこそ教科書に書いてある「医学」を思い出すのです。
まず外形です。
とくに後縁が短くアゴ骨を覆っていない部分があります。
総入れ歯はとくに上アゴ全体を可能な限り広く覆うことで物理的に吸い付く力を得て口の中に入れ歯を維持しています。
物理の力を最大限発揮できるように、粉と液を混ぜると硬化する歯科用プラスチックを用いて足りない部分を補っていきます。
こうすることで教科書の図に書かれた形に近づけていきます。
結局は後縁だけでなく全面の修正が必要になりました。
外形を作ることで、口を開けた時に外れるのを防ぎます。
保険治療で入れ歯のヒビを修理
しかしこれだけではまだ使えません。
このままでは噛んだり食事したりするとパカッと外れてしまいます。
続いては咬み合わせです。
カチカチ噛んでもらうと、グニャッ、グニャッと下アゴの位置が定まりません。
同時に、あれだけ吸い付いていたはずの入れ歯が簡単に外れてしまいました。
咬み合わせを見る参考の一つが咬合紙です。
歯科治療でよく出てくる赤や青の薄い紙です。
咬合紙を噛んでもらって歯に付いた赤い跡を見ます。
思ったとおりです。
私も経験あるのですが咬み合わせの調整といって入れ歯のプラスチック製人工歯を削っているうちに、前歯にも奥歯にも、どこにも咬み合わせがない。
そんなケッタイな咬み合わせになることがあります。
そのような時こそ思い出すのは教科書です。
咬み合わせにも理論に裏付けされた医学があります。
様々な理論はあるものの、分かりやすくて使いやすいのは「リンガライズド」です。
すごく簡単に説明すると、上奥歯の口蓋側(内側)の歯の山が、餅つきの杵の役割りをし、下奥歯全体が臼の役割りをします。
件の入れ歯を見ると上の奥歯の口蓋側は削られているせいで山がありません。
これでは杵の役割りを果たせません。
そこでそのリンガライズドの理論に則って上奥歯の口蓋側にプラスチックを盛って杵の役割りを作りました。
再び噛んでもらうと「カチカチ」入れ歯から澄んだ音が響きます。
上手く噛めるようになった証拠です。
咬合紙でも確認すると上奥歯の口蓋側、杵に相当する部分にクッキリと赤い跡が付きました。
それなら完璧で安心かというと実はそんなことはありません。
入れ歯治療は一般的に下の入れ歯の方が難しいです。
アゴ骨も小さく湾曲している、舌が動いて入れ歯のジャマをする、アゴ自体が動くので動きに適応できないと外れたり痛みを起こしたりする。
しかしそんな中で上の入れ歯が合わないというのは本当に難しい症例のことがあります。
一般的には簡単なはずなのに難しいからです。
教科書に寄せてみたものの、何かまだ足りないことがあるかも。
教科書の他の項目、外形を頬の動きに合わせて修正する方法、咬み合わせはリンカライズド以外の2種類の咬み合わせのどっちを使おうかと想定しながら次の来院を待ちました。
1週間後に再び来院したJさん。
「あっ、調子良くなりました。外れないし食事もできますよ~」
と笑顔です。
やっぱり勉強は大事ですね。
今回行なったJさんの入れ歯の形を3回にわたって修理する治療の費用は、保険適用1割負担で総額約2,000円でした(治療費は症状により個人差があります)。
保険治療で入れ歯の金属バネが折れたのを修理
リンガライズドオクルージョン(lingualized occlusion)とは、総義歯の咬合様式のひとつで、上顎臼歯の舌側咬頭が下顎臼歯の中心窩に嵌合する咬合様式です。
Poundが提唱しました。
リンガライズドオクルージョンの利点には、次のようなものがあります。
・義歯が安定する
・咀嚼効率が向上する
・側方咬合圧が正中寄りに加わるため義歯の転覆が予防できる
・咬合調整が容易になる
リンガライズドオクルージョンを採用すると、上顎の頬側咬頭が大きく開け、食物の流れがスムーズになるだけのスピルウエイが確保できます。
また、人工歯の咬合接触面積は、小臼歯より後方に移るに従って徐々に小さくなるように設計されています。
これにより、咀嚼運動時の義歯沈下量、および浮上量を抑制することが報告されています。
リンガライズドオクルージョン専用の人工歯も販売されています。
参考文献:Search Labs | AI による概要
入れ歯の外形について
下の入れ歯の外形は患者さんのアゴ骨の形や咬み合わせによって大きく形が異なってきます。
まず入れ歯には、部分入れ歯と総入れ歯の2つの基本的な種類があります。
残っている歯もあって欠損した所に入れる部分入れ歯の外形は、残っている歯にバネ(クラスプ)をかけることで口の中に維持する構造です。
この場合、床(ピンク色の部分)は失われた歯の部分、アゴ骨の形に合わせて形が作られるのでアゴ骨との適合と、残りの歯との適合が重要となります。
部分入れ歯の外形は、以下の要素を考慮することが必要です。
バネ(クラスプ)の配置と形状:
天然歯にかけるバネは、見た目が目立たないように設計されることが多いです。
ただし保険治療の入れ歯では金属のバネを用いることがほとんどなので残っている歯の位置によっては、どうしても金属が見えてしまいます。
それで金属を使わない入れ歯もありますが、ほとんどが高額な自費治療となります。
自費治療の入れ歯は、長くなるのでここには書きませんがメリット・デメリットがあります。
当院ではおすすめしないので、よく調べて考えて進めていただきたいです。
また咬む力に耐えられるように強度も考慮されます。
それも様々な種類があります。
強度が強いイコール良い、ではありません。
保険治療で、痛い入れ歯も調整できます
義歯床の形状:
口の中のアゴ骨を覆う粘膜の形状にフィットするように作られて食事や会話の際に動かないように設計されます。
噛んでも歯ぎしりしても食事しても「動かない」入れ歯を作ることが入れ歯のもっとも大切なことです。
そう考えるとシリコン入れ歯などと称して柔らかいシリコンで床を作る入れ歯が流行っています。
しかし入れ歯自体が柔らかくて動くのでは何のための入れ歯だが私にはわかりません。
人工歯の配置:
天然歯と自然に調和し、正しい咬合を確保するために、位置や角度が精密に決められます。
これは特に前歯部分で重要です。
一方、総入れ歯はすべての歯を失った場合に用いられるもので、外形は以下のように決定されます:
基底部の形状:
上下の顎の形に合わせて作られます。
とくに下顎の総入れ歯は、安定性を保つために特殊な設計(例えば、顎の骨にフィットするように凹凸を設ける)が必要です。
入れ歯の床の形は「動かないアゴ骨の部分は、なるべく広く覆う、動く舌やスジなどの部分は避ける」か基本です。
言うは易しで、それを実現するために日々勉強し悩みながら患者さん一人一人に応対しています。
人工歯の配置:
言語機能や咀嚼機能を最大限に回復するために正しい位置に配置されます。
また見た目の自然さも大切で、顔貌のバランスを崩さないように配慮されます。
とくに顔の正中と入れ歯の歯の正中を位置、角度を合わせることは基本です。
そこが合わないと、ひん曲がった歯になってしまいます。
とくに型をとって咬み合わせの記録をとって、ワックスに人工歯を並べた仮の入れ歯で顔貌を確認する試適(してき)という工程が大事です。
当院ではこの試適の工程までを歯科医師が自ら行ないます。
模型上だと真っ直ぐに見えた歯並びが、実際の口の中では全然合ってない。
そんなことがよくあるからです。
結局は口の中に合わせながら歯並びを修正します。
自分で歯を並べていれば修正も自分で思い通りにできます。
しかしこの工程を外注の歯科技工所に丸投げする歯科医院があります。
たまたま患者さんの口と合っていれば良いのですが、合っていないと、歯科医師が自分で修正することもできなくなってしまいます。
技術、手先も使わなければ退化するからです。
歯科医師がなるべく手を動かさないよあにする「省力化」は大事だとは思います。
しかし省力してはいけない部分もあります。
当院は患者さんのために、そこは省力化せずに手を動かしています。
入れ歯の外形に関する情報は歯科補綴学の専門知識に基づいており、個々の患者の口腔内環境や要求に応じてカスタマイズされるため、ここには書ききれないほどのバリエーションが存在します。
とはいえ教科書通りの形をイメージして、なるべくそれに近づける努力は必要です。
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