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部分入れ歯の金属バネ(クラスプ)が2つだと入れ歯がゆるいので、クラスプ3つの入れ歯に作り直した症例

杉並区西荻窪で、入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。

「部分入れ歯がゆるくなりまして」

半年ごとくらいに定期的にいらっしゃるのは50代女性のTさんです。

4年前に前歯5本分の部分入れ歯を作ってから調子よく使っていました。

ただ定期的にゆるくなって、残っている奥歯に入れ歯を引っかけて入れ歯を口の中に維持する金属バネ(クラスプ)を調整したり、歯科専用の入れ歯安定剤のような材料ティッシュコンディショナーを貼ったりしていました。

もちろん本当は調整しなくても使える方が良いに決まっているのですが、Tさんの入れ歯に関しては、そうもいかない事情がありました。
その理由とは、クラスプの数です。

左右に1個ずつの2つのクラスプで入れ歯を維持しています。
しかしクラスプ2つの入れ歯には欠点があります。

それは左右のクラスプを結んだ線を中心に入れ歯が回転してしまうことです。
これは単純な物理の法則です。

クラスプ2つを線で結んだ写真

だから不安定になって調整が必要になるのは仕方ないことです。

そんな部分入れ歯を安定させる方法があります。

それはクラスプを3つ以上にすること。

入れ歯の回転を防げるので格段に安定します。

それではなぜ4年前に不安定と分かっていながら、そのような設計にしたのか、なのですが…

Tさんは当時、入れ歯を作るのが初めてだったからです。

入れ歯のクラスプを増やすと入れ歯は当然ですが大きくなります。

入れ歯治療における最大の失敗。
それは「違和感すごくて入れ歯を入れておけない」こと。

クラスプ3つにして安定するのは良いものの入れ歯を入れるのが当時初めてのTさんは入れ歯をそもそも使えるのか、という問題がありました。

Tさんだけにそのような問題があるわけではありません。

入れ歯を初めて入れる患者さんはみんな

「そもそも入れられないかも知れない」

という懸念は常に頭に入れておかなくてはなりません。

そのような理由でクラスプ2つにして入れ歯の大きさを最小限度に設計した次第です。

結局は違和感については数日で慣れて何事もなく使えるようになって今に至ります。

そこで今回の治療方針としては、調整修理は繰り返してきたので、もう限界です。
入れ歯を新しく作ることにしました。

入れ歯の設計について4年前との違いは明確です。

クラスプ2つ→3つにすることです。

すでに入れ歯には慣れています。
その程度なら大きくしても大丈夫。

4回ほどの来院で完成した入れ歯を入れたTさんは

「あっ、今までよりもずっと安定感ありますね~」

違いはすぐにわかります。

ずっと安定した入れ歯は定期的に様子を見るだけで調整はほとんどせずに使えるようになりました。

今回行なったTさんの入れ歯を新しく作る治療は、保険治療3割負担で総額約1万円でした(治療費は症状により個人差があります)。

理想的な入れ歯の設計というものはあります。
もちろんクラスプ2つより3つの方が安定することは物理の法則です。

参考文献:「部分床義歯の設計と咬合」丹羽克味著、学建書院より

以下引用

部分入れ歯に求められる要件

1.咀嚼機能が、最大限に回復されること

咀嚼機能の回復を評価するには正しい咬合の基準と、それを基にした咀嚼機能の評価法が確立している必要があります。

それらが未解決な現状では、この評価は、患者さんの主観に頼るしかないのです。

もし患者さんから「痛みが取れない」「噛みにくい」「歯がぐらついてきた」などという訴えがあれば、その主な原因は義歯設計の誤りであることが多いのです。

2.義歯の咬合が長期間にわたって安定していること

この項はとくに部分床義歯にとって重要な要件になります。
義歯を装着したあと、残存歯が抜去に至るような疾患に罹患せず、また、義歯床や支台装置に破損がなく、義歯が何年安定して使用できるか、つまり、「義歯の咬合が何年安定しているか」ということです。
装着直後は、どんなに快適に咀嚼ができた義歯であっても、その後、数年もしないうちに支台紙が抜去になる、また支台装置が破損に至ることがあります。

これはまさに義歯設計の誤りが原因です。
さらに、患者さんが定期検診日を忘れてしばらく来院しなくても、義歯や残存歯に障害が発生しないことが大切な要件です。
この2つは部分床義歯の要件として、最も重要なものです。

部分床義歯の要件として、上記以外に、次のことが挙げられます。
・審美性に優れていること、
・快適であること
しかし部分床義歯の設計において大切なことは、この優先順位を混同しないことです。
優先順位を無視して、審美性を第一にした義歯などは近い将来必ずトラブルに見舞われることになります。
部分床義歯の要件に関して、著者は、次のように言うことができます。
ある欠損部に対して立てられた義歯設計をみれば、義歯を作製し使用してみなくても、要件をみたす義歯であるかどうかがわかります。

引用ここまで

医療のかかり方 治療法選択の主役 歯科医師から患者へ

しかしそもそも使えるか使えないかは結局は物理学だけでは分かりません。

やはり患者さんの主観も大事な一因だからです。

このような医療ならではの難しさと取り組む姿勢について良い新聞記事を目にしました。

こちらにシェアさせていただきます。

以下引用
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科学の観点
いちばん重要なのは、サイエンスの観点だと思います。

医療行為に絶対的な正解はないということです。手術がいいと判断しても、やって失敗することがあります。多くの人に効く薬でも、その人には効かないばかりか、重い副作用が出ることもあります。うまくいくかどうかは不確実なのです。

人体はわからないことが多く、現代医学も正しいとは限りません。そして患者には個人差があります。持って生まれた遺伝子や体質も、その時の身体や精神の状態も、周囲の環境も、生活のしかたも、それぞれに違います。それらの情報から、なるべく良い結果になりそうな方法を選ぶとしても、すべての要素・条件を調べ上げて結果を完璧に予測することは、原理的に不可能です(数学的には、カオスと呼ばれます)。

つまり、医療の結果予測は、あくまでも確率的(統計的)なものであり、どの方法がよいかについては、ほとんどの場合、選択の余地があるということです。
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引用ここまで

参考文献:医療のかかり方(14)治療法選択の主役 医師から患者へ | ヨミドクター(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/yomidr/article/20140711-OYTEW54535/

部分入れ歯のクラスプについて

部分入れ歯のクラスプとは、入れ歯を固定するために使用される金属や樹脂製のフックです。
おもに残っている歯に引っかけて入れ歯が外れないように維持します。

クラスプには見た目の自然さを重視した樹脂製のものや、強度と耐久性に優れた金属製のものがあります。
金属製のクラスプは金属の色が口の中で目だってしまう欠点があります。

最近では審美性に考慮した薄くて目立ちにくいデザインや素材も開発されています。

もっとも保険治療で選択できるのは金属バネがほとんどです。
他の素材は選択肢が少ないです。

ここに書き出すと長くなってしまうので割愛させていただきますが
それは様々な欠点があるからです。

またクラスプの形状や位置によって咀嚼効率や装着感が変わります。
入れ歯の設計については歯科医師とよく相談することが重要です。

【関連記事】→入れ歯がゆるい「Q.入れ歯を新しく作ってもゆるいです。なんとかなりますか?」