杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける歯医者
いとう歯科医院の伊藤高史です。
「嘆けとて 月やは物を おもはする
かこち顔なる わがなみだかな」
百人一首にも歌を残している僧の西行(さいぎょう)1118年~1190年。
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての日本の武士、僧侶、歌人。
その西行の残した言葉を私は、胸を締め付けられる思いで読んでいました。
「世の中のありとあらゆるものは、すべて仮の姿であるから、花を歌っても現実の花と思わず、月を詠じても実際には月と思うことなく、ただ縁にしたがい興に乗じて詠んでいるにすぎない。
美しい虹がたなびけば虚空は一瞬にして彩られ、太陽が輝けば虚空が明るくなるのと同じである。
わたしもこの虚空のような心で、何物にもとらわれぬ自由な境地で、さまざまな風情を彩っているといっても、あとには何の痕跡も残さない。
それがほんとうの如来の姿というものだ。
それ故わたしは一首詠む度に、一体の仏を造る思いをし、一句案じては秘密の真言を唱える心地がしている。
わたしは歌によって法を発見することが多い。
もしそういう境地に至らずに、みだりに歌を勉強する時は邪道におちいるであろう。」
西行はもともと伝説の多い人物です。
素晴らしい言葉ではあるものの、この言葉も実は後世の作り話と言われています。
とはいえ小説を読んでいると
「当然そのくらいのことは言っていただろうね」
と納得させられてしまうほどの強い説得力があります。
・2300首もの和歌が伝わり後鳥羽上皇から松尾芭蕉まで影響を与えた。
・鳥羽上皇に武士として仕えていたが高貴な女性(上皇の妃との説もある)との失恋をきっかけに出家。
・源頼朝に弓馬の道のことを尋ねられて「一切忘れはてた」ととぼけ、頼朝から拝領した品を通りすがりの子どもに与えてしまった。
虚実の間をすりぬけていくところに西行の魅力がある。
魅力があるからこそ伝説が生まれる。
保険治療でも、入れ歯はここまで治る
私も入れ歯を一つ作る度に一体の仏を造り、患者さんに説明する言葉は秘密の真言を唱えるがごとし…
そんな西行のように虚空な心で、何物にもとらわれぬ自由な境地で入れ歯を作れるようになりたい。
そこで当院はまず保険治療に特化することで、人間の最大の煩悩「お金」にとらわれないようにしているつもりです。
西行のように私も、入れ歯治療によって法を発見することが多いことは確かです。
発見した「法」についてブログやホームページ、YouTubeに少しずつ載せています。
西行の言うような境地に至らずに「法」を無視した歯医者が邪道におちいてしまうのは、昨今の歯科治療におけるトラブル事例を見れば明らかです。
とくに高額な自費治療は「自由診療」とも呼ばれますが実際にはちっとも「自由」ではありません。
まず高額である時点で様々な縛りが発生するからです。
たとえば住宅ローンみたいな一般的な高額商品がどれほど人を縛りつけるものかは、私たち歯医者のような世間知らずよりもあなたの方がよほど詳しいと推測します。
また自費治療自体の話は別のブログやホームページに書いたので、ここでは割愛させていただきます。
歯がないことを欠損といいます。
欠損とは何もない空間すなわち「虚空」です。
虚空を入れ歯という虹で美しく彩り、入れ歯という太陽で明るく輝かせる。
そのために歯科治療には様々な技巧を凝らします。
といっても、欠損という虚空に入れ歯を入れていることを患者さんが忘れてしまうくらい、存在を主張しないことが求められます。
理想の入れ歯の姿とは、普段は存在を忘れているけれど確実に温かく私たちを見守ってくれている、まさに如来のような存在。
すなわち入れ歯治療とは入れ歯を通じて
「口の中に極楽浄土を作ること」
とわかった次第です。
そんな西行に近づくためには、世の中のあらゆるものを「虚妄」と観じ、虚空の如き心をもって俯瞰する。
そうすることで虚も実も存在しない、西行の視点を手に入れられる。
そういう方法しかないと小説の著者は看破します。
西行から教わったことを活かして、そんな入れ歯が作れるようになりたいものです。
参考文献:「西行」白洲正子著、新潮文庫
保険治療で入れ歯のゆるさを解決
ところで別の小説に、舞台となる時代が全然違うのに西行とまったく同じ言葉が登場し、読みながらイスから飛び上がりました。
その小説とは「万葉集をつくった男 小説・大伴家持」(篠崎紘一著、KADOKAWA)。
鎌倉時代の西行からさかのぼること300年、奈良時代の話です。
「父、大伴旅人は歌の秘奥を伝授するとき、かく述べた。
『此の歌即ち是れ如来の真の形体なり。されば一首読み出でては一体の仏像を造る思ひをなり、一句を思ひ続けては秘密の真言を唱ふるに同じ、我れ此の歌によりて法を得ることあり。
若しここに至らずして、妄りに此の道を学ばば邪路に入るべしと云々。』
すなわち『一首、歌を詠みだすのは、一体の仏像を造るのと同じことぞ』
おのれの生命を削るつもりで作歌しろ、というのだ。」
大伴家持とは歴史に残る歌集「万葉集」の作者です。
すなわち
「一つ、入れ歯を作りだすのは、一体の仏像を造るのと同じことぞ」
ということ。
やはり入れ歯治療を志す身としては仏像彫刻をやらなきゃいけない気分になってきました。
…
…
…そのうちやろうと思います(汗)。
入れ歯治療の難しさ
入れ歯治療は患者さんの生活の質を大きく向上させるものです。
いっぽうでその難しさもまた大きなものがあります。
日本の歯医者の間では一般的には「保険治療の入れ歯は赤字」という論調が目立ちます。
入れ歯治療が困難で、保険治療でみんなやりたがらない理由を挙げてみます。
まずあまりにバリエーションが多すぎる患者さんごとの個性が挙げられます。
患者さんの口の中の構造、大きさ、上下の距離、歯の欠損の程度や部位、アゴの形や動き、粘膜の状態などは一人ひとり異なります。
これらの事柄に合わせて入れ歯を調整してフィットさせることは非常に細やかな作業を必要とします。
たとえば歯グキの粘膜の厚さや柔軟性、顎の骨の形状などに応じて入れ歯の歯グキと接する面や厚さを微調整する必要があります。
薄い方が違和感は少ないものの壊れやすくなるからある程度の厚さが必要とか、相反する要素をバランス良く成り立たせなくてはなりません。
次にとくに残っている歯が一本もないところに入れる総入れ歯の場合などに咬合(こうごう)関係を入れ歯で再現することが難しい点です。
入れ歯を使用する患者さんでは、天然歯の位置や咬み合わせが変わっていることも多いです。
そこで入れ歯を装着した状態で自然な咬み合わせを再現することが重要です。
しかしこれには複雑な技術を要します。
ある程度の教科書的な咬合関係の決め方はあります。
とはいえその教科書に書いてあることを口の中で再現すること自体が難しい。
それプラス患者さんの感覚や満足度などの主観も考慮しながら何度も調整を重ねることが大事です。
「教科書どおりやりました」
と歯医者が主張したところで患者さんが使ってくれなかったら失敗なわけです。
入れ歯の適合性も大きな課題です。
入れ歯が口の中に適合しない場合、痛みや違和感が生じるので患者さんが使用を続けることが困難になります。
たまに入れ歯を2組、3組持っているのは、そういう事情です。
これを防ぐためには入れ歯を作製して完成する前、加工が簡単にできるワックス床での試適段階で患者さんのフィードバックを細かく取り入れ、微調整を行う必要があります。
たとえば顔の正中と入れ歯の正中が合っているかなど模型だけでは判断できないので確認が必須です。
あとは現在使っている入れ歯と新しい入れ歯とで咬合関係が変わっていないかなども確認します。
また材料の選択も重要です。
患者さんに合った適切な素材を見つけ出すことは入れ歯の長期安定性や快適性を左右します。
とくにセラミックやチタンなど見目麗しく最先端の強度ある材料でも大事なことは「その患者さんに合う、合わない」です。
「お金をかけたのに入れ歯が合わない」とは、その辺のミスマッチがあります。
また多くの入れ歯が後から修理調整が必要になります。
長い目で見た場合、結局は修理調整、加工、改造がしやすい保険治療の金属バネとプラスチックが最適だったりします。
さらに心理的側面も無視できません。
入れ歯を装着することへの抵抗感や見た目の変化に対する不安など、患者さんの心理的な受け入れが必要です。
このような受け入れを獲得するために長い時間が必要ということはよくあります。
とくに入れ歯を入れると吐き気がする、などは、とにかく入れておける、極限の小さな入れ歯にして、何年もかかって適切な大きさに少しずつ大きく加工する。
そんな気の長い治療を要することもあります。
このため歯医者は患者さんの心理的サポートも担い信頼関係を築くことが求められます。
技術的な難易度もあります。
たとえば部分入れ歯の場合、残っている歯との連結部や、歯に引っかけて入れ歯を口の中に維持する装置(クラスプ)の設計、金属床の使用などには技術的な熟練度が必要です。
全部床義歯(総入れ歯)では上顎と下顎の両方の入れ歯が安定するように設計するのは非常に難しく、患者の満足度を高めるためには長年の経験と知識が必要となります。
また装着して終わりではなく、その後の維持管理も重要です。
入れ歯は時間と共に摩耗したり、口腔内の変化に対応して調整が必要になったりします。
患者が自宅で適切に管理する方法を指導し定期的なチェックや再調整の重要性を伝えることも入れ歯治療の一部です。
そして残っている歯が抜けたり入れ歯が
壊れたり、といった突発事項への迅速な対応も必要とされます。
このような治療は当院のもっとも得意とするところです。
最後にコミュニケーションの難しさがあります。
患者さんが自分の不満や痛みをうまく表現できない場合、適切な調整が遅れることがあります。
また、表現の壁や医療用語の理解度によって、治療計画やケア方法についての説明が難航することもあります。
これら全ての要素が組み合わさって入れ歯治療は非常に専門性が高く、患者の生活に直接影響を与えるため、技術的・心理的な両面から非常に難しいと言えるのです。
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