「修理できません」
「たった3年で壊れたのも仕方ありません」
「作り直すしかないので料金は再び20万円(税別)になります」
歯が2本分の小さなシリコン入れ歯にヒビが入ったので、施術した某大学病院を再び訪問した、60代女性のUさんが担当の歯医者から言われた内容です。
「患者自身で接着剤で着けるぅ~?
…論外ですよ」
担当医はまるで憐れむかのような口調だったそう。
じゃあ一体どうしたらいいの?
シリコン入れ歯とは文字通り入れ歯の赤い部分をプラスチックではなくシリコンで作る入れ歯です。
・金属バネが要らない!
・材料が柔らかいから歯グキとよく合う!
・プラスチックより薄く作れる!
そう喧伝されるシリコン入れ歯ですが上記の宣伝文句は全てデメリットになります。
・金属バネじゃないから、入れ歯がユルいとか逆にキツい時に調整が一切できない。
・柔らかいから噛むとたわんでしまい、実際にはよく噛めない。
・薄く作るから壊れる。とくに痛みが出たときに薄すぎて削ることもできない。
・壊れて修理しようにも、プラスチックとシリコンはくっつかないので修理もできない。
結果、冒頭のようなトラブルにつながります。
また私が自費治療をやらない理由は
「10年後の未来など誰も予測できないから」です。
普通に保険治療で総額1万円以内で作れる入れ歯に自費治療として20万円以上もかける。
「それならば最低10年はトラブルなく使えてあたりまえと思っていました」
とUさんは言います。
私も同感です。
それが自費治療に対する一般的な感覚だと思います。
しかし10年後の口の中がどうなるか、誰も予測など不可能です。
ちなみにやむを得ない事情で入れ歯を作り直すのは、保険治療ならば半年経てば可能になります。
つまりこれは言葉を変えると、半年先のことも予測できないような入れ歯、口の中が世の中に多いということです。
口の中に限らず10年後の未来など誰も予測できません。
例を挙げるならウクライナとロシアが2022年から戦争を始めることを2012年に予測できた人は多分いません。
いつか戦争になるだろう、くらいは私でも予測していましたが遠い未来のことと考えていました。
日本も隣りの某大国と戦争を始める日は来るのでしょうが、それは私が死んだ後、50年以上は先の話と勝手に思っています。いや、そう思いたい。
…自分は政治評論家になる資格はなさそうです。
それはさておきUさんの口の中も
・残っている歯にセラミック製かぶせものが多い
・体も小柄で口と歯の大きさが小さい
・顎関節症の症状や歯を削った後に決まって起こる原因不明のめまい、手の痺れ、頭痛の不定愁訴で長期間の通院歴があるなど
難しい要素が満載です。
「Uさんの口の10年後を予測せよ」
そんな問題が出題されたとしたら私は空欄で提出します。
・残っている歯が抜けるかもしれない
・下手に削ると顎関節症や不定愁訴が再発かもしれない
・違和感すごくてムリ、といった訴えで、そもそも入れ歯を入れておけないかもしれない
何が起こるかわからない、そんな予測不可能な口の中と対峙するのに役立つのが保険治療です。
・プラスチックと金属バネでできた保険治療の入れ歯なら調整も修理も自由自在。
・残っている歯を削るのも最小限にできる。
・理不尽でない価格でできる。
もっとも歯1~2本分の小さい入れ歯は、それなりの難しさがあります。
簡単ではない、使えない可能性もあることを、よくよく説明してから作製しました。
結局はすぐに馴染んで何事もなく使えるようになりました。
今回行なったUさんの部分入れ歯を作る治療は、保険治療3割負担で総額約1万2千円でした(症状によって費用は変わります)。
シリコン義歯の長所と欠点
シリコン入れ歯にはいくつかの長所と欠点があります。以下にそれぞれを詳述します。
長所
快適さ:
シリコンは柔軟性があり口の中でのフィット感が良いとされています。
そのため硬いプラスチック製の入れ歯と比べて、違和感や痛みを感じにくいという論調をよく見ます。
全く咬み合わせのない前歯とかならそうかもしれません。
しかしそれは、噛むなどの力が加わると軟らかいため入れ歯そのものが動いてしまうということです。
入れ歯というものは総入れ歯、部分入れ歯を含めて様々な材料や設計がありますが、それらの設計思想はただ一つです。
それは
いかに「動かない」入れ歯にするか。
カチカチ噛んでも、ギリギリ歯ぎしりしても、食事しても、
「動かない」ことを目指して研究されてきました。
入れ歯がフラフラ動かないから快適に噛める、食べられる、使える、わけです。
それを入れ歯自体が柔らかければ当然動いてしまいます。
それ自体おかしなことと思います。
そのようなことからシリコン入れ歯とは何のための入れ歯なのか、私には理解できません。
噛む力の全くかからない歯並び、たとえば上の前歯が極端に出っ張っていて下の歯と全く噛み合わないところに入れるとか、かなり限局した使い方になると思います。
ただそのような難しい歯並びの症例は入れ歯を入れるのも長く使うのも難しいものです。
シリコン入れ歯は自費治療で数十万円とかします。
それならば10年は使えないと患者さんだって納得しないでしょう。
10年使えて当たり前。
金額からすると当然そうなることは歯医者の立場でもわかります。
しかし難しい条件の難しい設計の入れ歯が10年使える根拠など存在しないと考えた方が自然と、個人的には感じます。
入れ歯修理の費用は保険治療3割負担の方で総額約3,000~5,000円
味覚の影響が少ない:
シリコンは味を吸収しにくいため、食べ物の味をより自然に感じることができます…という話も見かけるものです。
これは
「シリコン入れ歯なら食べ物を保険治療の入れ歯よりも自然に感じることができる」
根拠、研究、論文があるなら読みたいです。
自分が「シリコン義歯 味覚」で公的機関限定で検索した範囲では見つけることができませんでした。
シリコン入れ歯と味覚に関しては、憶測や感想、宣伝で言っているだけと個人的には思いました。
耐久性:
高品質のシリコンは耐久性があり、適切にメンテナンスすれば長持ちします。
これもよく見かける論調です。
しかしそもそも軟らかいため変形してしまい、残っている歯との適合が全くないユルユルのシリコン入れ歯によく遭遇します。
それで全然噛めないし使えないと。
そうなったシリコン入れ歯は調整が一切できません。
シリコンの材料の物理的性質だけを見れば良い材料なのでしょうが、入れ歯として使うとなると全く別問題が生じます。
アレルギーのリスクが低い:
金属やアクリルに比べてアレルギー反応を起こしにくいです。
それはそうですが、アレルギーが起こりにくいというのは使われる頻度が極端に少ないから、というのもあります。
チタンもアレルギーを起こさないと持て囃された時代がありましたが2006年ころからチタンアレルギーの症例を見かけるようになったという論文がありました。
参考文献:チタンアレルギーの疫学的検討
Tokushima University Institutional Repository
https://repo.lib.tokushima-u.ac.jp
ですからいずれシリコンでもアレルギーが出てくる可能性はあります。
歯茎への圧力が軽減:
柔軟性があるため、歯茎に対する圧力が少なく、歯茎の健康にも良いです。
これも軟らかいから良いという論調ですが軟らかい故の欠点は、これまで書いてきたとおりです。
シリコン入れ歯の欠点
コストが高い:
一般的に、シリコン入れ歯はアクリルや金属製のものに比べて製造コストが高いです。
とはいえ製造コストは数が増えれば下がってきます。
製造コストが高いのは単に数が少ないから、ということもありえます。
数が少ないのはなぜか?
保険治療ではないからです。
ではなぜ、保険治療にならないのか?
色々な欠点があるから
と考えるのが自然と個人的には思います。
形状保持が難しい:
長期間使用すると、シリコンは徐々に変形することがあり、定期的なメンテナンスや調整が必要になります。
これは軟らかい故の欠点です。
「定期的なメンテナンスや調整が必要」とありますが、そのメンテナンスや調整が一切できないことがシリコン入れ歯の最大の欠点です。
だから当院ではシリコン入れ歯は作りません。
汚れが付きやすい:
シリコンは表面が滑らかでないため、汚れや細菌が付着しやすいです。適切な清掃が求められます。
その欠点はプラスチック製の入れ歯でも同じです。
シリコンもプラスチックも顕微鏡レベルで見れば穴だらけです。
その穴に汚れや細菌とその代謝物の固まり、プラークなどが入り込みます。
これはもう歯ブラシや入れ歯洗浄剤でも落ちません。
とはいえプラスチックならば削って新鮮な面を出した上で研磨すればまたキレイになります。
また目に余る汚れになってしまっても保険治療の範囲ならば作製してから半年以上経てばまた新しく作れる「半年ルール」がありますし低コストです。
いっぽうシリコン入れ歯は新しく作ろうとすると再び数十万円とかかかります。
半年ごとに数十万円使える大富豪でしたら、当院ではない歯医者にてご自由にどうぞ、としか私には言えません。
もっとも入れ歯の汚れだけを理由に入れ歯を新しく作ることはお勧めしません。
耐久性の限界:
非常に硬い食べ物や過度の力が加わると、シリコンが破損する可能性があります。
保険適用外の場合が多い:
日本では、シリコン入れ歯が保険適用外であることが多く、自己負担が増える場合があります。
シリコン入れ歯を選択する際には、自分の口腔環境や生活スタイル、経済的な面も考慮する必要があります。
歯医者と相談して、最適な選択をすることが重要です。
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