杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がけるいとう歯科医院の伊藤高史です。
先日、70代のSさんが当院を訪れました。30年もお世話になった近所の歯医者さんが引退され、困っていたところ、歯が欠けてしまったことがきっかけでした。
Sさんの欠けた歯は、長年の使用でプラスチックの詰め物が外れただけだったので、簡単な再充填で済みました。しかし、Sさんの特徴は、長年大切に使い込まれてきた入れ歯にありました。
修理と調整を重ねてきた「生きている入れ歯」
Sさんの入れ歯は、歯7本分の比較的大きなものですが、左右ともに**増歯修理(歯が抜けた部分にプラスチック製人工歯を継ぎ足す修理)**の跡がありました。これにより、使い慣れた入れ歯をその日のうちに修理し、使い続けることができていたのです。
また、歯ぐきは年月とともに変化します。Sさんの入れ歯は、その変化に適応するため、歯ぐきと接するピンク色の面に**歯科専用の入れ歯安定材「ティッシュコンディショナー」**が貼られていました。こうしたきめ細やかな処置のおかげで、見た目は古くても、入れ歯はSさんの口に驚くほどよく合っていました。
保険治療で、痛い入れ歯も調整できます。ほんの少しの調整で、長年の悩みを解消
唯一気になっていたのは、入れ歯を口の中に固定する**金属バネ(クラスプ)**が若干緩くなっていたこと。長年の着脱でバネが開いてしまうのは避けられないことです。Sさんは「こんなものかな」と思いつつも気にされていたようで、専用のプライヤーでクラスプの先端を少し内側に曲げたところ、入れ歯は吸い付くように安定。「カチカチと噛んでも歯ぎしりしても動かなくなった」と大変喜んでくださいました。
Sさんの入れ歯は、保険治療で作製できるプラスチック製のもので、もう5年以上も使い続けていらっしゃいます。このような長年修理、調整、お手入れをしながら丁寧に使い込まれた入れ歯こそ、最高の入れ歯であり、まさに芸術品だと私は考えています。
「新品=最良」ではない入れ歯治療
新品の入れ歯が最良の入れ歯ではありません。入れ歯は「道具」です。長年使うことで歯ぐきと馴染み、まるで身体の一部のように感じられるようになります。また、歯の本数や歯ぐき、噛み合わせ、歯、顎関節の形などは、年月とともに変化します。その変化に適応できるよう、修理や調整を重ねている入れ歯こそが、患者さんにとって本当に良い入れ歯なのです。
Sさんのように使い込まれた入れ歯に匹敵する新しい入れ歯を作ることは、ほぼ不可能です。特に近年、保険適用外の高額な自費治療で、金属床入れ歯や流行のシリコン入れ歯などを見る機会が増えました。しかし、これらの入れ歯は、さまざまな理由で修理や調整が著しく難しかったり、まったくできなかったりするものもあります。
保険治療でも、入れ歯はここまで治る。自費治療の落とし穴?調整費用にご注意を
見た目はきれいに見えても、入れ歯は後から調整や修理が必要になることがほとんどです。その際に、「こんなはずじゃなかった」と後悔するケースを耳にします。さらに、自院で自費治療で作製した入れ歯の場合、その後の調整や修理も保険治療では行えないという保険のルールがあります。
例えば、保険治療で入れ歯を作れば、その後の調整は保険治療(3割負担)で月に1,000円〜2,000円程度で可能です(費用は入れ歯の大きさや口腔内の状況によって異なります)。しかし、自費治療で入れ歯を作製してしまうと、後からの調整や修理も自費治療となり、高額な費用がかかることがあります。
試しにスマートフォンで「自費 入れ歯 調整 費用」と検索してみてください。驚くほど情報が少ないことに気づくでしょう。多くの歯医者のホームページを見ても、「調整1回につき5,500円」と明記されているのを一つ目にしただけでした。一方で「自費 入れ歯 費用」と検索すると、山ほどの情報が出てきます。
「調整してもらいに行ったら1回5,000円と言われた。そんな話は聞いてない」
そんなトラブルの話を耳にします。はっきり言いますが、調整費用1回5,000円という値段設定は、「自費治療の入れ歯を作ったら、もう二度と来ないでね」という歯医者の意思表示だと考えてください。要するに、自費治療の入れ歯で高額な費用を受け取ったら、もうその後のことはやりたくない、という考えが透けて見えるのです。
ブラックジャックに学ぶ、自費治療の重み
そもそも自費治療とは、「保険治療ではできない『神の御業』を見せましょう」というものです。手塚治虫の漫画「ブラックジャック」を例にとりましょう。無免許ながらも、唯一無二の神業ともいえる手術テクニックで世界中に名を馳せる天才外科医ブラック・ジャック。彼が脳溢血で倒れた母親を助けてほしいと願う息子にこう言います。
「治る見込みは少ない、90%命の保証はない」
「だが、もし助かったら3,000万円いただくが…」
「あなたに払えますかね?」
息子は一瞬驚くも、「い、いいですとも!一生かかってもどんなことをしても払います!きっと払いますとも!」と答えます。
ブラックジャックは無免許なので保険治療はできません。無免許の者が医療を行う是非はさておき、自費治療とは、これほど大変なものだと私は言いたいのです。歯医者の自費治療で「自費治療をやったのに、うまくいかなかった」というトラブルの話も聞きます。もしブラックジャックが3,000万円の治療を失敗したらどうなるのか。漫画では描かれていませんが、とてつもないトラブルになることは想像に難くありません。
ブラックジャックの治療費3,000万円と、歯医者の自費治療100万円は、同じ重さを持つと考えるべきです。そう考えると、歯医者はおいそれとは自費治療に手を出せないはずです。しかし、気軽に自費治療を勧めてしまう歯医者の想像力の欠如ぶり、考えのなさは恐ろしいものです。自費治療を行う歯医者には、ぜひブラックジャックを読むことをおすすめしたいです。
保険治療でも、入れ歯はここまで治る
歯医者以外の日本の医療機関では、ほとんどの病気を保険治療で治してくれます。内科の医師からインフルエンザの治療に「保険治療にするか自費治療100万円か」と重い選択を迫られたことはないと思います。歯医者だけが自費治療に血道を上げているとしたら、それは医療の放棄でしかありません。
ただし、他院で作製された自費治療の入れ歯であっても、当院で調整や修理を行うのは、通常通り保険治療で問題なくできます。
今回のSさんは、保険治療の入れ歯を丁寧に調整、修理されている、まさに理想的な医療の形でした。そのため、入れ歯の治療方針としては、前の先生のやり方を踏襲するのが一番だとお伝えしました。Sさんは「あ〜良かった。それなら安心です。百万円とか言われたらどうしようかと思ってました」と、ほっとした笑顔で答えてくださいました。
Sさんは現在、3か月から半年に一度の定期的な歯周治療と、時々簡単な入れ歯の調整だけで順調に経過しています。今回行ったSさんのプラスチックの詰めものと入れ歯の調整は、保険治療1割負担で総額約1,500円でした(症状などによって費用は変わります)。
当院では、患者さんのライフスタイルやご希望を丁寧にお伺いし、最適な入れ歯治療をご提案しています。お困りのことがあれば、お気軽にご相談ください。
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