杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。
「食事すると入れ歯が痛くて…」
顔をしかめているのは50代女性のOさん。
普段は痛くないけれど食事すると痛い。
そのような症状はよくあります。
こんな時には2~3日様子を見てください。
症状が治まらなかったら早めに歯医者を受診しましょう。
自然に治ることはありません。
なぜなら入れ歯のフチや内部の出っ張りが歯グキと強く当たって傷ができると、そのような症状が出ます。
これは物理的な刺激、たとえれば針が刺さっているのと同じ状態ですから、原因を除去しない限り自然には治らないからです。
治療方法としては歯グキと当たっている入れ歯のフチや内部の出っ張りを削って除去すること。
歯グキの傷は多くの場合ハッキリと見えますから、傷に白いペーストを付けて入れ歯を装着。
それから入れ歯を取りはずすと白いペーストが入れ歯に転写されます。
その入れ歯に着いた白い部分を削れば解決します。
原因がハッキリしていて解決方法も単純。
普通であれば簡単な治療です。
しかし…
今回は簡単な治療ではありませんでした。
思わぬ理由でOさんのケースではその治療が行なえなかったからです。
思わぬ理由とは入れ歯の構造上の問題です。
Oさんの下アゴは前歯6本が生えていて両側の奥歯がない状態。
両側の奥歯が入れ歯で、前歯の部分でつながっています。
そのつなぐ方法が悪かった。
保険治療で、痛い入れ歯も調整できます
鋳造バーといって細い金属でつないでいたのです。
模型上でワックスで作り、それを金属に置き換える鋳造(ちゅうぞう)という手法で作られます。
・模型上で、ワックスで形を作る
・ワックスで作ったものを金属のリングで覆ってから埋没材という熱に強い石こうで埋める
・埋没したものに熱を加えてワックスが溶けて流れ出ると埋没材の中に空洞かできる
・その空洞の中に熱した金属を流し込む
手間はかかるものの歯グキと精密に合ったものができるとの触れ込みです。
細いから違和感が少ないという大義名分で使われる鋳造バーは、保険点数が高く設定されているため、小金を稼ぎたい歯医者が好んで用いる方法です。
もっとも、この数年で鋳造バーに使われる金属の値段が急激に上昇しました。
昔は30グラム1万円くらいだったのが10万円とかになっています。
これは鋳造の合金に含まれるパラジウムという金属が原因です。
パソコンや半導体の需要が急増して貴金属であるパラジウムの価格が跳ね上がっているのです。
金やチタンの方が安いくらい。
ですから今は鋳造バーは値段的にも厳しそう。
値段の話はともかく、ほとんどネット情報にも出てこない話ですが、この鋳造バーには致命的な欠点があるため当院では使いません。
致命的な欠点とは
「鋳造バーを削れないこと」
Oさんのケースでも鋳造バーを見た瞬間にイヤな予感がしたものです。
歯グキの赤く潰瘍状になった傷に白いペーストを付けて入れ歯を装着。
外すと入れ歯に白いペーストが転写されます。
その白いペーストを見て、当たってほしくなかった予感が的中してしまいました。
鋳造バーに白いペーストが付いているのです。
模型上でいくら精密に合わせたとしても歯グキは柔らかいですし生きている体です。歯グキの方が変化して鋳造バーと当たることなど、いくらでも有り得ます。
先に「細いから違和感が少ない」と書いた鋳造バーは幅が3~4ミリ、厚さが2ミリほどです。
傷に接しないようにするために削ると、通常は直径2~3ミリは削ることになります。
幅が3~4ミリの物を2~3ミリ削ったらどうなるか、わかりますよね。
はい、入れ歯はボキッと折れてしまいます。
この致命的な欠点があるから当院は用いないのですが、当院の他にそのような情報を出している所は皆無でした。
「鋳造バー 欠点」と検索しても
「鋳造バーが歯グキを傷つけていた場合に削る調整が一切できず治療できなくなってしまうこと」
との情報は私が書いた話以外、まったく出てきません。
ですからここに書くのですが簡単で分かりやすい話だと思います。
こんな当たり前の話を他の歯医者はなぜ言わないのか不思議です。
入れ歯に歯科専用の入れ歯安定剤を貼る治療の費用は保険治療3割負担の方で総額約2,000~4,000円
その話は置いといて現実にどうするか。
鋳造バーを可能なだけ直径1ミリ削って傷口を少しでも避ける努力をしました。
折れたら終わりなので慎重に、おっかなびっくり削ります。
それでも装着すると
「あっ、さっきよりラクになりました!」
と笑顔です。
これともう一つやることがあります。
それは入れ歯左右の臼歯部の調整です。
歯グキと接するピンク色の面にティッシュコンディショナーという入れ歯安定材のようなものを貼ること。
入れ歯の臼歯部がわずか0コンマ何ミリでも挙上されます。
こうすることで金属部分も0コンマ何ミリでも歯グキとスキマができることを期待します。
部分入れ歯は金属バネ(クラスプ)を歯に引っかけることで維持しています。
だからティッシュコンディショナーをあまり厚く貼ってしまうとクラスプが合わなくなってしまいます。
そのような理由でティッシュコンディショナーを貼るといっても、このようにせいぜい0コンマ何ミリの厚みを与えるのが精いっぱいです。
それでも効果はありました。
「あっ、これならまったく当たらなくなりました」
Oさんは再び笑顔。
しかし…
これで終わりにはなりません。
結局新しく入れ歯を作ることは必要です。
なぜなら今行なった処置は一時しのぎでしかないから。
だから同じ日に口の型をとって新しく入れ歯を作る治療も進めることにしました。
案の定、1週間後に来院されたOさんは
「はじめの数日は良かったんですけど、やっぱり食事すると痛いですね」
とおっしゃいます。
もう金属バーを削ることはできません。
ティッシュコンディショナーは適合が良くなる優れた材料ですが欠点があります。
それは「劣化」です。
時間とともに劣化します。
保険治療でも必要ならば毎週ティッシュコンディショナーを貼る治療が認められています。
そのくらい劣化が早いわけです。
そこで入れ歯を作る作業を進めながら、今使っている入れ歯に再びティッシュコンディショナーを新たに貼りました。
そのようなことから次からの治療は1週間も空けずに3~4日ごとに来ていただくことにしました。
入れ歯も歯医者の私が自分で作ります。
通常は完成を専門の歯科技工所に発注します。
しかしそうすると発注する、模型を引き取りに来る、作製する、持ってくる、このような工程で、どうしても1週間~十日はかかってしまいます。
近ごろは働き方改革などの影響で
「急ぎで明日までに徹夜で作ってね、よろ~」
などのような無茶な発注はできません。
そんなことをしたら狭い業界ですぐに話が広まって取引停止になってしまいます。
歯医者である私が入れ歯を作れば、2~3日、極端なケースでは明日作ることも可能です。
こうして4回の来院で入れ歯が入ったOさん。
両側臼歯部をつなぐ前歯の部分はプラスチックに補強の金属線を埋め込んで歯、歯グキと形を合わせたプレート状にします。
こうすることで歯グキへの過剰な負担を避けられます。
痛みが生じてもプラスチックの部分を削ればいいので調整が簡単にできます。
金属バーと比べてプレート状に幅が広くなると違和感は、どうなの?
と気にされる方もいますが、すぐに慣れます。
前歯のプレートの違和感が原因で入れ歯が使えないというトラブルは、私自身は経験がありません。
実際にOさんも新しい入れ歯を一回の調整で不自由なく使えるようになりました。
そのため現在は、順調に3か月ごとの入れ歯の調整と残っている歯の定期的な歯周治療を行なっています。
【関連記事】→入れ歯が痛い「Q.噛んだ時に、歯ぐきが痛いです。食事のときは入れ歯を外してしまいます。入れ歯をつけて食事がしたいです。治りますか?」