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・「センセのおっしゃる通りになりました」半年ぶりに戻ってきた患者さんの言葉の真意

「センセのおっしゃる通りになりました」

半年ぶりに入っていらしたのは50代男性のDさん。

半年前に初めていらしたDさんの相談は

「部分入れ歯の金属バネ(クラスプ)が折れた」

というもの。

前歯部は自分の歯が残っていて両側奥歯が入れ歯になっています。

そのひだり側のクラスプが根元から折れていました。

治療方針は単純です。

クラスプを新しく作る修理をすること。

入れ歯を口の中に装着しておいて型をとります。

型に石こうを注いで模型を作製。

模型上でクラスプを作って入れ歯に埋めこみました。

石こうが硬化するのに30分、クラスプを作る作業、患者さんの口の中に装着する工程などを含めて約1時間で修理できます。

これは歯医者がクラスプを作れるからできる芸当です。

一本のステンレスワイヤーをプライヤーで屈曲して形を作ります。

私の祖父の時代から行なわれている古典的な技法で少し年とった歯科技工士なら誰でもできます。

もっとも歯科技工士が制定されたのが昭和30年。

昭和9年から当地で開業していた祖父の時代にはまだ歯科技工士が存在しませんでした。

だから祖父は自分でクラスプを作っていたと私は父から聞きました。

その影響で父もクラスプを作ることができました。

ただ父はワイヤーを平面的に曲げる単純鉤の作製が精いっぱい。

しかも精度に難がありました。

私は縁あって都心の歯科医院に勤務していた時に併設されていた歯科技工所で教わってクラスプを作れるようになりました。

専門家から習ったおかげで立体的に曲げる両翼鉤も作れます。

実際の臨床の場面ではこの両翼鉤を作れて始めて「入れ歯修理できます」と堂々と言えます。

その技術を買われて父の手伝いをしながら少しずつ患者さんを引き継いでいった次第です。

そのような経緯で歯医者である私がクラスプを作れるのですが、使いどころが多く毎日1~2症例くらいは入れ歯修理しています。

仮にクラスプが作れなかったとしたら、大概の歯医者は作れないのですが、どうするのでしょうか?

部分入れ歯の金属バネが折れても保険治療で修理できます

模型を歯科技工所に出して修理を発注します。

すると模型を渡して作ってもらって届けに来る。

大急ぎでやらせても4~5日かかります。

昔は働き方改革など概念もなかったので

「徹夜でやってよ、よろしく~」

と言っていたのですが今はそういうわけにはいきません。

そんな無茶をさせたら取り引き停止になってしまいます。

ですから1週間は入れ歯ナシになるでしょう。

患者さんとしてはそれは困ります。

生活が成り立ちません。

だから歯医者がクラスプを作って1時間で治すことが必要です。

そのようなことで1時間で修理できました。

しかし意外と難しい症例でした。

なぜなら入れ歯の咬み合わせが生えている歯よりも5ミリも低いからです。

生えている前歯部と入れ歯の奥歯とで段差があるのです。

これがなぜ難しいかというと、高さがないとは薄くて壊れやすいということだからです。

またたとえば前歯の先端と奥歯の先端を全て結ぶと一つの平面ができます。

これを「咬合平面」といいます。

咬合平面はなるべく平らな平面であることが求められます。

今回は前歯部と奥歯とで段差があります。

すると不均衡のために修理した部分などに思わぬ過大な力がかかる可能性が大きいです。

ただでさえ薄いところに過大な力のかかりやすい状況。

今回は修理したものの再び壊れる、クラスプが折れるでしょう。

そのように壊れやすい可能性を説明して入れ歯の奥歯部分の咬み合わせを高くする治療(バイトアップ)をご提案していました。

後日にその治療をしようかと考えていたのですが、患者さん曰く修理したクラスプの適合が良く快適に使えたから、とのことで通院が途絶えていました。

それで半年経って再び同じクラスプが折れたわけです。

「また修理はできるけど再び壊れる可能性は高いですよ」

とあらかじめ申し伝えておいた甲斐あって患者さんも

「その通りになった」

と覚えていてくださって今度は気軽に来てくださるわけです。

ところでこのDさんの入れ歯修理は別の難しい理由がありました。

ゆるい入れ歯には保険治療で歯科専用の入れ歯安定剤ティッシュコンディショナーを貼ると安定します

それは入れ歯の前歯部の形態です。

両側奥歯の入れ歯なので前歯部で何らかの形で左右の奥歯部分とつなぐ必要があります。

その形が治療を難しくしていました。

前歯部は補強の金属線を埋め込んだプラスチックの板(レジンプレート)でつないでいたのですが、その板の幅が極端に細いのです。

金属線の幅が3ミリ程度。その金属線をプラスチックで覆っているものの、全体的な幅が5ミリもないくらいでした。

実際に1箇所にヒビが入っています。

金属線のおかげで形は保てていますが、いつボキッと折れても不思議ではありません。

またレジンプレートがある程度の大きさがあると良いのは、前歯部の裏側を覆うことで入れ歯が前歯部に乗っかって動かないようにしてくれることです。

今回の幅の細い形態では、プレートは前歯部の下の歯グキに当たっているだけ。

これでは噛むと入れ歯が歯グキに沈みこんでプレートが歯グキを傷つけてしまいます。

また型をとる時も入れ歯が安定しません。

半年後の再修理で型をとった時は、型とりの工程で入れ歯が口の中で動いてしまい、歯からズレた位置での模型になってしまいました。

模型が不正確なのだから修理したクラスプも合いません。

とはいうもののプライヤーで多少の修正をしたら上手く適合しました。

ズレたとはいえ垂直的に沈んだだけだったので根本的に入れ歯が入らないみたいな事態を避けられたようです。

そのようなことから今回の治療方針は二つの工程を経ることにしました。

一番はその細すぎるレジンプレートを大きくすること。

前歯部の歯にプレートが乗っかるように修理します。

模型上で修理するのが正確にできるのですが、そもそも正確な模型を作れないことは経験済みです。

そこで口の中でプラスチックを盛ってプレートを作ることにしました。

粉と液を混ぜると硬化するプラスチックを入れ歯に盛って口の中に装着して、口の中で形を整えます。

正確な模型が作れるならば模型上で作業した方が、作業しやすいことは確かです。

ただそのような事情により口の中で作業を行ないます。

30分ほどで前歯部のレジンプレートが完成。

大きな構造物だと違和感が大きそうなものですが下の入れ歯については、そのような苦情はほとんど起こりません。

上アゴの口蓋部分は気にされる方がよくいます。

「いやー、むしろ入れ歯がしっかりして頼りになる感じで、良いですよ~」

とDさんも好感触。

これで1週間ほど使っていただいて違和感や痛み、傷などできないか確認しました。

10日後に来院され順調だったので一番やりたかった、咬み合わせを高くするバイトアップをします。

咬合平面を整えるのは大事です。

ワックスの板を少し熱して両側奥歯の噛む面に付けます。

歯科用パラフィンワックスといって厚さ約1.4ミリに規格化されています。

両側とも1.4ミリ咬み合わせが高くなるわけです。

それで噛んでもらうと

「あー、これは良いですね。よく噛めます」

とDさん。

そもそも咬み合わせが低すぎるところを高くするのでトラブルは少ないです。

ただ確認は必要です。

手がける症例を間違えると
「あっ、咬み合わせ高すぎっ、ムリムリ」
みたいになります。

確認したところ大丈夫そうなので片側ずつワックスを外して歯科用プラスチックに置きかえました。

30分ほどの作業で修理できます。

入れ歯の奥歯部分も、幅ができたので壊れにくくなります。

これで当分は快適に使えます。

実際に後は3~6か月ごとの定期的な入れ歯の微調整と残っている歯の歯周治療を行なって順調に経過しています。

今回行なったDさんの入れ歯を修理する治療は4回の通院でした。費用は保険治療3割負担で総額約1万円でした(症状や部位によって費用は変わります)。

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