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・「次は右が折れますよ」——1年越しの再会と、ツギハギの入れ歯が教えてくれたこと

「また壊れました~」

上の総入れ歯にヒビが入って折れ口から破片がプラプラしています。

これでは入れ歯は使えません。

一般的にはパニックする状況なのでしょうが、60代女性のRさんは何となくノンビリした口調です。

それもそのはず、1年前にも同じようにヒビが入って折れたのを修理していたからです。

1年前は、ひだり上犬歯部から後縁にかけてヒビが入りました。

それを修理していました。

その時に私がRさんに伝えていたことがあります。

それは
「今度は、みぎ側が折れる可能性は大いにありますよ」

ということ。

他院で作製されて長年調子よく使っていた上の総入れ歯です。

調子よく使えていますし出来具合は大変良いものです。

作られた先生の腕前の良さがよくわかる入れ歯でした。

しかし長年使っていると歯グキの形は変わってきます。

それは生きている体なので仕方ないことです。

すると歯グキと入れ歯の合わない部分から不自然な力が加わって入れ歯の破折につながります。

だから入れ歯が今回のように割れるのは仕方ないですが対策があります。

それは補強の金属線(補強線)を入れ歯に埋め込んでおくこと。

本来は入れ歯を歯科技工所で作製するときに、あらかじめ埋めておいてもらうことがベストです。

しかし近ごろは補強線を埋め込まれた入れ歯が少なくなったように感じます。

なぜなら昔は「補強線」が保険で認められていて点数設定は100点だったように記憶しています。

保険治療3割負担の患者さんは300円くらいの負担です。

しかしある時からこの補強線の保険点数設定がなくなってしまいました。

噂ていどですが、補強線を入れてもいないのに補強線を入れましたプラス100点、という不正請求が横行したからとの話があるとかないとか。

そんなことで保険請求できなくなってしまったからかも知れません。

ただ保険点数が変わってからも当院では入れ歯にはほぼ必ず補強線を入れて作ってもらいます。

点数設定がない割に、技工所には補強線の料金は支払うので金額的な話をすると当院の損にはなるのですが、そんな小さな損を補ってあまりあるメリットが補強線にはあります。

保険治療で、入れ歯と口の機能検査ができます。隠れた不調がわかります

それは
「入れ歯が割れても形を保ってくれること」

総入れ歯に補強線が入っていないということはプラスチックだけでできているということです。

これではもし入れ歯が今回のように割れたら完全にバラバラになってしまいます。

修理は可能です。

しかしバラバラになった破片を合わせた時に多少の手の角度次第では合わせ目が歪んでしまいます。

すると修理したのに口の中に合わないことが起こってきます。

総入れ歯だと、割れてしまうくらいですから不適合も著しくて、多少の角度の違いくらいは誤差で済んでしまうことはあります。

しかし入れ歯によってはピッタリ合っていたのに修理したせいで合わなくなってしまい、痛くて入れられなくなった。

そんなことが起こってきます。

補強線が入っていれば割れても補強線が支えてくれて形を保ってくれます。

補強線を中心に割れ目どうしを合わせれば、補強線がないよりはずっと元の形を正確に復元できます。

それで技工用瞬間接着剤で仮止めすれば精度の高い修理ができます。

口の中では1ミリの誤差というのは大きな誤差です。

そんな入れ歯に補強線を入れないなんてことは私は怖くてできません。

そのような経緯で1年前にRさんの補強線の「入っていない」総入れ歯が壊れたときには慎重に修理しました。

割れ目どうしを慎重に合わせて技工用瞬間接着剤で固定。

石こうを注いで入れ歯がズレないように模型を作製。

この工程は石こうが硬化するまで30分かかります。

模型上で入れ歯の割れ目に直交するように溝を4本掘ります。

その溝の中に補強線を作って埋めます。

補強線を4本埋めれば強度は十分です。

修理は上手にできました。
全部で1時間ほどで修理はできます。

当院では毎日1~2症例くらいは行なっている簡単な部類に入るような修理です。

しかし問題なのは、修理したのは「ひだり側だけ」ということです。

何が問題かというと「みぎ側」は何もしていないこと。

ひだり側が割れたということは、みぎ側も同じように割れる可能性が大いにあるわけです。

だから患者さんにそう説明しておいた次第です。

総入れ歯を作る費用は保険治療3割負担の方で総額約2万円

入れ歯が割れるほどの不適合です。

口を開けると簡単に入れ歯が外れて落っこちてしまいます。

だからその時に歯科専用の入れ歯安定材ティッシュコンディショナーを貼って安定させました。

ティッシュコンディショナーのおかげもあって口を開けても外れることはありません。

ただティッシュコンディショナーは耐久性がないことを説明。

近々また壊れる可能性と不適合の大きさから新しく作り直すことも勧めました。

ただRさんは、調子よくなったので、しばらく使ってみますとのことで1年前は治療終了にして様子を見ることになりました。

そうした中での今回の再破折。

補強線の入った、ひだり側はビクともしません。

破折したのはやはり補強線の入っていないみぎ側でした。

とはいえ1年前によくご説明して、患者さんもよく理解してくださっていたおかげでしょう。

患者さんも私もお互いにまったく慌てることなく入れ歯修理を行ないました。

手順は、これまで書いてきたことと全く同じです。

1時間で修理できました。

劣化したティッシュコンディショナーを薄く削りとって再び貼ります。

さすがに左右とも補強線が入り組んだツギハギだらけの入れ歯になったので、新しく作り直すことになりました。

入れ歯を新しく作り直すときに注意することが一つあります。

それは
「前の入れ歯と全く同じ咬み合わせで新しい入れ歯を作ること」

なぜなら前の入れ歯と違う咬み合わせの新しい入れ歯を作ってしまうと、まず使えないからです。

生えている歯があれば
「はい噛んでください」
といって上下の歯で噛んだ位置が下顎の安定した位置になります。

当たり前のことを述べているに過ぎないのですが歯があればその安定した下アゴの位置で入れ歯を作れば、まず失敗はしません。

それでは歯が一本もなかったら下アゴはどこで噛めば良いのでしょうか?

この下アゴの位置を決めるのが大変難しいのです。

ワックスで仮の入れ歯を作って決める
ゴシックアーチという装置で決める

などありますがいすれも何十年も前から行なわれているアナログな方法です。

ワックスを熱して柔らかくして噛ませるとか、装置とはいっても下の仮の入れ歯に金属の板にマジックインキで色を付けたものを貼り付けておいて、上の仮の入れ歯には細い針を付けておきます。

それで上下で動かすと金属板のマジックインキが針でハゲるので動かした道ができます。

その道から咬み合わせの位置を判断するとか内科医の聴診器とか背中をトントン叩くとかと同じレベルの古典です。

内科医ももちろん古典的な検査は大事ですがレントゲンとかMRIとか血液検査とか最新鋭の検査も併用しているはず。

しかし咬み合わせの位置決めにそのような最新鋭のテクニックは存在しません。

大学病院などではそれっぽい電子機器を使う話は散見されるものの保険治療に入ってくる気配はないです。

ですから歯が一本もない下アゴの咬み合わせをゼロから作るのは大変難しいわけです。

たとえば
「テッテレー、咬み合わせチェッカー♪」
みたいな装置を顎関節に当てて口をとじるとピッピッピッと音が鳴って、適切な咬み合わせの位置を感知するとピピピピピピと音が変わってお知らせしてくれる。

そんなナイスな機械があれば簡単なのですが残念ながら、そんなナイスな機械はまだありません。

だから今使っている入れ歯があれば大変助かります。

当院では下アゴの石こう模型と今使っている入れ歯を合わせて上の入れ歯の模型と噛ませます。

そうすれば正しい咬み合わせにできる可能性がグンと上がります。

実際に患者さんが使っている入れ歯だからです。

石こう模型と入れ歯は必ずしもピッタリ合うわけではないのですが口の中との誤差は多少の修正で概ね合わせることができます。

だから修理して入れ歯を使い続けることが作り直すときに活きてくるわけです。

こうして新しい入れ歯も、よく合うものができました。

今回行なったRさんの総入れ歯修理は、1回の通院でした。費用は保険治療3割負担で総額約4,000円でした(部位や症状により費用は変わります)。

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