杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。
「ずっと困ってまして」
入っていらしたのは50代女性のMさん。
3年ぶりの来院です。
困っているのはひだり下の歯の痛み。
3年前にも同じ痛みを訴えていらしたのですが当時も2回ほど診察しただけだったので他の治療を優先して、ひだり下の歯については様子を見ていただくことにしていました。
それから3年。
今も痛みは続いていると言います。
口の中を見ると、ひだり下は歯が抜かれていました。
アゴ骨などは通常の形です。
経過をお聞きすると、ひだり下の歯の痛みが治まらず某歯科大学病院で歯の根の治療を受けたものの痛みは治まらず、仕方なく抜歯されました。
しかし…それでも同じ部位の痛みは治まらなかったのです。
痛みの形から私は「非定型歯痛」と診断しました。
非定型歯痛(ひていけいしつう)とは、歯科的な原因がないにも関わらず、痛み止めもほとんど効かず長期間続く歯の痛みのことを指します。
脳の神経ネットワークの異常が原因と考えられており、歯や歯茎に異常がないにもかかわらず痛みが続くのが特徴です。
非定型歯痛の特徴を挙げていきます。
・原因不明なこと。
歯科治療や検査で異常が認められません。
ムシ歯や歯周病がないのに今回のMさんのように痛みだけが続きます。
・長期間、痛みが続く
今回のように数週間、数ヶ月、数年と長く続くことが多いです。自然治癒した例は私は見たことがありません。
・鈍い痛みです
じんじん、じわじわとした鈍痛として表現されることが多いです。Mさんも痛みのせいで不眠を訴えられていました。
・痛み止めの効きが悪いです
ロキソニンやカロナールなど痛み止めを飲んでもほとんど効果がないことが多いです。
・食事に支障がない
食事は普通にできます。
むしろ食事中は痛みが和らぐ人もいるくらいです。
似たような痛みを起こす病気で巨細胞性動脈炎というものがあります。
ただこちらは食事などでアゴを動かす咀嚼運動で痛みが出る顎跛行(がくはこう)という特徴的な症状が多く出るので鑑別診断に用います。
・痛みが移動する
痛む部位が移動することがあります。
たとえば、ひだり下を治療したら今度はみぎ下が、みぎ下を治療したら今度は入れ歯が痛くなった、などのことが起こります。
それで次々と歯を削る、抜くなどの施術がなされて、それにも関わらず痛い、という経過の患者さんをお見かけします。
・心身両面からの治療が必要です
心理的な要因も影響する可能性があるため、精神科や心療内科への連携が必要となる場合があります。
大学病院ではそのように治療している診療科があります。
非定型歯痛の原因
非定型歯痛の原因はまだ完全には解明されていません。
脳の神経ネットワークの異常が考えられています。
具体的にはセロトニン系の機能不全や、痛みの信号を伝える神経回路の異常などが原因として指摘されています。
一般的には、たとえばどこかに何らかの刺激があると神経を通して刺激が脳に伝えられて脳で「痛い」と認知されて、また神経を通って刺激を加えられた部位に「痛い」
という信号を送る。
これが大ざっぱではありますが痛みを起こす正常のシステムです。
ところが脳の機能が異常になってMさんの場合はひだり下に「痛い痛い痛い」
という信号だけを送ってしまっている状態。
正確とは言えないかもしれませんが私は患者さんに、そのように説明しています。
非定型歯痛の治療について
非定型歯痛の治療は造影剤を入れて脳の血流をMRI撮影するなど、原因の特定が難しいので、原因究明は置いといて症状に対する治療が中心となります。
・抗うつ薬
痛みの伝達を抑制する効果があるため、抗うつ薬が用いられることがあります。
・鎮痛薬
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアセトアミノフェンなどの鎮痛薬が用いられることもありますが効果は限定的です。
・心理療法
精神的なストレスが痛みを悪化させる可能性があるため、心理療法やカウンセリングも有効な場合があります。
とはいえ私が大学病院に紹介して、その後の経過をお聞きできた範囲では心理療法の話は出てきませんでした。
・ブロック注射
神経ブロック注射で痛みを和らげることもあります。
・その他
漢方薬や代替医療も試されることがあります。
非定型歯痛の診断方法について
非定型歯痛の診断は、歯科的な異常がないことを除外診断で確認し、症状や病歴などを総合的に判断します。
非定型歯痛に悩んでいる場合の対処法
・歯科医師に相談しましょう
痛み止めが効かない場合や、原因が不明な場合は、歯科医師に相談しましょう。
ゆるい入れ歯には保険治療で歯科専用の入れ歯安定剤ティッシュコンディショナーを貼ると安定します
ただ非定型歯痛は、それを知っていないと予測もつきません。
私が歯科学生だった30年前は、この病名はなかったと思います。
だから高齢で不勉強な先生などはこの病気の存在自体を知らなかったりします。
「伊藤クン、伊藤クン、チミが言ってるのは、気のせい気のせい(笑)」
と言い放たれたことがありました。
そういう先生もいらっしゃいます。
だから患者さんの立場でも、あまりに治まらない痛みに、このような病気の可能性があることは頭に入れておいて損はないです。
・心療内科や精神科を受診する
心理的な要因も影響している可能性がある場合は、心療内科や精神科を受診するのも良いでしょう。
ただ口腔分野にどれだけ知識と治療経験があるかはわかりません。
・ストレスを軽減する
ストレスは痛みを悪化させる可能性があるため、適度な休息やリラックス法を取り入れましょう。
もっとも、それで治るくらいなら、そもそも病気になりません。
非定型歯痛は、原因不明で長引くため、患者さんの苦痛も大きくなります。
原因が特定されなくても、症状をコントロールするための治療法もいくつかあります。
専門家と連携しながら、適切な治療を進めていきましょう。
当院では、大学病院でそのような症状の患者さんを専門に診療している診療科をご紹介しています。
ただその診療科は、医師や歯医者の紹介状がないと診察できないので、具体的な診療科の名前を挙げるのはここでは控えさせていただきます。
痛みの他にも
「咬み合わせがおかしくて気になって眠れない」
「入れ歯の違和感がなくならない」
「入れ歯が原因の歯グキの傷などないのに入れ歯痛い」
のような「違和感」を訴えられることがあります。
このような症状も「非定型歯痛」のバリエーションの一つです。
「咬合違和感症候群」などと呼ばれる症状です。
このような症状に対して絶対にやってはいけないことがあります。
それは「歯や入れ歯を削ること」。
削るとその場では「良くなりました」と患者さんは言ってくれます。
しかし次の日にはもう「今度はここが…」と次の症状を訴えられます。
削る、抜くではその症状は治りません。
当院では一年に数例は大学病院に紹介しています。
以前は私もこの「非定型歯痛」「咬合違和感症候群」がわからず、1年以上も入れ歯を削ったり盛ったりを繰り返したことがありました。
今でも診断に至るまで数回かかることがあります。
「非定型」というだけあって症状、状況が千差万別で難しいものです。
ただ今回のMさんについては口の中を見る前に予想をつけることができました。
今回のMさんについては「幻歯痛」という症状も非定型歯痛の一つのバリエーションかもしれません。
幻歯痛(げんしつう)とは、歯が存在しない部位や、神経が切断されている部位に痛みを感じる症状です。
抜歯後や神経治療後に、痛みを感じることがあることがあり、神経障害性疼痛の一つとして考えられています。
確定診断としては脳に造影剤を入れて脳の血流を見る、などのことをするそうですが、歯科の保険適用ではないため「高額な自費治療」にならざるを得ないこともあり、なかなかそこまでできないと聞きました。
だから症状や兆候から判断し、歯科では処方できない薬を医科と対診しながら服用して効果を確認する、という流れになるようです。それでも十数万円くらいはお支払いいただくことにはなります。
私もその非定型歯痛の治療の現場を見たことがないのですが、紹介した患者さんから話をお聞きして知るに至りました。
非定型歯痛、幻歯痛とともに当院でたまにお見かけするのが
「入れ歯に『違和感』がある」
との症状です。
入れ歯の咬み合わせに違和感がある
入れ歯の形に違和感がある
歯並びに違和感がある
原因が見当たらないにも関わらずそのような訴えをお持ちの方の場合、非定型歯痛や幻歯痛と同じ理由で症状が出ていると推測されます。
このような症状を「咬合違和感症候群」といいます。
これは病名ではなく患者さんの状態を示しているものです。
このような患者さんも紹介の対象となります。
紹介状をお送りすると大学病院ではとても丁寧に、時には2~3時間もかけて診察してくださいます。
無駄に削る、抜くなどせず早めに専門医に紹介することが最も大事なことなのです。