杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。
「いやー、もう歯がグラグラでダメですわ」
そうおっしゃるのは70代男性のMさん。
その口調はしかしサッパリとしたものでした。
もう長年通っているMさんは上下とも元々揺れている歯の多い口の中でした。
歯を残す努力はしつつも少しづつ歯を抜いて、入れ歯にプラスチック製人工歯を継ぎ足す増歯修理を行なってきました。
それで今回下の入れ歯は最後の一本の揺れが大きくなったので抜いて増歯をしたら総入れ歯となります。
4年に渡り最後の一本を維持してきました。
入れ歯は歯グキと接するピンク色の面が不適合になったら歯科専用の入れ歯安定材ティッシュコンディショナーを貼ったり補強の意味も含めて硬化するとプラスチック状に硬くなるリベース材を貼ったりして適合を維持して使っていました。
ただその最後の一本も軽く揺れている歯でした。
それでもう4年にも渡って最後の一本も一生保つわけではないので、抜けたら増歯修理してから新しく作る治療方針をことある事に説明していました。
そのように繰り返し啓蒙していた甲斐があって歯を抜くのも増歯修理するのも問題なく順調にできました。
科学的根拠のない話ですし医療の話ですらないのですが、このように時間をかけて繰り返し啓蒙して患者さんも納得して歯を抜かれる、入れ歯を作られる「覚悟感」のようなものが治療には必要と個人的には思います。
覚悟感の有無と治療の成功率の違いの統計的なデータなど取れるはずがありません。
だから科学でも医学でもないのですが、治療の際に大きな違いとなることをよく経験します。
たとえば14本つながった金属ブリッジを長年使っていたのが、ある日揺れてきて某歯医者が一気に全部抜いてしまった。
14本あって不自由なく使っていたのが、ある日突然歯が一本もなくなってしまった。
定期的な入れ歯調整メンテナンス。費用は保険治療3割負担の方で総額約2,000~3,000円
代わりに総入れ歯を作ったが全然使えない。
そんなケースを目にすることがあります。
それは治療は私の技術では、ほぼ不可能です。
咬み合わせの位置も、その総入れ歯が正しいのか分からないというのが難しすぎる理由の一つですが、もう一つの理由として患者さんの「覚悟感」というものがあると個人的に思っています。
そもそも何が起こって、何で総入れ歯になったのか、患者さんの理解が追いついていない。
そんな状態でこれまでのブリッジと何もかもが違う総入れ歯を使うことなど不可能です。
極端な例になりますが、私が明日突然手足がなくなって車椅子と義手で暮らせ、と言われても生活にならないでしょう。
それと同じことです。
今回のMさんのように時間をかけてMさんの心の中に納得感、覚悟感をゆっくり醸成することは科学的、医学的根拠などないのですが大事だと思います。
入れ歯治療とは、長年通ってくださっているからこそできることなのです。
そのようなことで増歯修理は順調にできました。
いっぽう歯がある時代に難しかったのは咬み合わせです。
噛んでもらうとくちびるがへの字になります。
これは下の入れ歯の高さが低いと起こる状態です。
・歯グキが痛くなる
・上手く噛めない
・口角炎
など様々な症状を起こすのと、いわゆる巾着顔になって年寄りっぽい顔貌になります。
改善したいのはやまやまだったのですが簡単にはできない理由がありました。
それは残っている歯です。
歯が残っている部分入れ歯では多くの場合に、残っている歯が咬み合わせの基準となります。
咬み合わせが低いからといって入れ歯の人工歯で咬み合わせを高くすると、残っている歯で噛まなくなります。
するとかえって咬み合わせが不安定になり
・やたらと磨耗する
・顎関節に症状を引き起こす、アゴが痛い、口が開かないなど
・入れ歯の強い違和感
このような症状を引き起こすことがあります。
もっともそのような症状を起こさないこともあります。
ただ、やってみて初めて分かることです。
だから残っている歯で噛み合っている入れ歯に対しては咬み合わせを高くする咬合挙上(こうごうきょじょう)治療は、なかなかやりにくいものです。
咬み合わせが低いことで様々な症状を引き起こしているのなら咬合挙上を試みる価値はあります。
これまでMさんはさほどそのような症状を訴えなかったので、咬み合わせについてはずっと保留していました。
とはいえ、とうとう最後の一本がなくなりました。
それならばもう遠慮はいりません。
増歯修理して1週間様子を見て変わった事が起こらなかったので咬合挙上することにしました。
下の入れ歯、両側臼歯部の噛む面に歯科用のワックス板を貼り付けます。
これで仮の高さを決定します。
このワックスは約1.5ミリほどの厚さに規格化されています。
だからワックス一枚を貼ると1.5ミリ咬み合わせが高くなります。
そのワックスを噛んでもらうことで咬み合わせの位置を決定できます。
そうしたらワックスを左右どちらかを一枚ずつ除去してワックスの代わりに歯科用プラスチックを盛って噛んでもらうと咬み合わせを高くすることができるわけです。
この時に用いる歯科用プラスチックは粉と液を混ぜると硬化するものです。
混ぜた直後はドロドロなのが1分ほどで餅状になります。
その時に口の中に入れて噛んでもらいます。
それからさらに5分ほどでプラスチック状に硬化するので、余分なバリを削って研磨して完成。
入れ歯修理の費用は保険治療3割負担の方で総額約3,000~5,000円
生えている歯の咬み合わせを1.5ミリ変えるというのは至難の業です。
たとえばセラミックのかぶせものでそんな事をしたら、ほぼ確実に顎関節症になったり不定愁訴を起こしたりします。
不定愁訴とは原因不明のめまい、頭痛、手足の痺れなど日常生活に重篤な障害となる症状のことです。
ですが総入れ歯なら咬み合わせの大胆な治療が可能です。
とはいうものの症状を起こす可能性は否定できません。
だから1週間ほど様子を見ました。
結果なにごともなく食事も快適にできるようになったとのことでホッと胸を撫で下ろしました。
そこまで下準備をしたうえで下の新しい総入れ歯を作ることにしました。
長年使ってきた入れ歯は修理調整を繰り返していてツギハギらけ。
もう限界だったからです。
また歯がある時代に作られる部分入れ歯と歯がない状態になった総入れ歯とでは入れの設計思想が異なります。
部分入れ歯から総入れ歯になってそのまま使い続ける方もいますが、多くの場合に新しく作ることになります。
新しく総入れ歯を作る際に、とくに技術を要するのがアゴの型とりです。
普通は大ざっぱに下アゴの形に合った既製の型とり用トレーにゴム状の型とり材(印象材)を盛って口の中に入れて型をとります。
それで上手く型とりできることもあるのですが、とくに歯が一本もない無歯顎の場合は既製トレーだと難しいです。
とくに下アゴはトレーの余分な部分がジャマしてアゴの型というよりもトレーの型がとれてしまいます。
トレーに合った入れ歯など作ってもしょうがないので対策が必要です。
そこで既製トレー型とりして作った石こう模型を元にMさん専用の型とり用トレー厚手のプラスチックで作りました。
このようなトレーを「個人トレー」といいます。
個人トレーを作る際に気をつけるのは「大きすぎないこと」。
アゴ骨が痩せて小さく薄くなっているMさんの口の中に合わせるトレーは最初から既製トレーの半分くらいの幅のものでした。
それでも口の中に合わせて舌を動かすと、その動きに合わせてトレーもフワフワと動いてしまう。
これはトレーが大きすぎるということ。
そこでトレーの舌側を削っていきます。
削って合わせるのを繰り返すうちに舌を動かしてもトレーはアゴの上で安定してきました。
舌側が安定したら今度は外側(頬側)でも同じ作業をします。
イー、ウーと発音してもらい頬を私が大きく動かしてもトレーが動かなくなったら個人トレーの完成です。
次に削ったままだと口の中とあっていないのでコンパウンドという熱を加えると柔らかくなり冷めると固まる材料をトレーの縁につけて口の中に入れて舌側、頬側の形を作っていきました。
実はこの時点でもう、トレーを外そうとするとキューッとアゴに吸いつく感じが出ています。
最後の仕上げに印象材を薄くトレーに盛ってアゴに合わせて型とりは完了。
こうして作製した下の総入れ歯を入れたMさんは
「あ、これはよく合ってるね」
と笑顔です。
微調整して治療終了になりました。
今回行なったMさんの増歯修理してから入れ歯を新しく作る治療は9回の来院でできました。費用は保険治療1割負担で総額約6,000円でした(症状などにより費用は変わります)。
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