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「たった3ミリ」で劇的変化! 総入れ歯の「痛くはないけど、気持ち悪い」耐え難いくちびるの違和感が消えた理由

顔が下がる感じ
発音しにくい
くちびるが引っぱられる

微妙な表現をされるのは50代女性のNさん。

痛い、とかならば痛みを起こしている原因を探って取り除けばいい。

多くの場合は痛みを起こしている部分は直径2~3ミリほどの赤い潰瘍になっています。

だから目で見てわかるわけです。

ところが先ほどの訴えは目で見てわかる病変ではありません。

上下とも歯が一本もない総入れ歯です。
他院で作製されたものですが、あまり悪い出来には見えず、作り手の努力がうかがわれます。

本当に悪い出来ならば、そもそも口の中に入れていられません。

実際に患者さんはいつも口の中に入れて食事もできています。
でも使いにくい、違和感がぬぐえない。

正直に申し上げると、これは苦戦が予想されました。

というのは総入れ歯になった経緯です。

元々は7本の歯を金属冠でつなげた大きなブリッジが入っていました。

前歯はそれで何とか格好がついていたのですが、ある時から支えの歯が揺れ出して、あえなく抜歯に。

するとそれまで入れ歯を全く使ったこともなかったのが、いきなり歯14本分の総入れ歯となってしまいます。

当院に長く通っている方は比較的早くから着脱可能な入れ歯を入れることをおすすめしています。

たとえば歯が2本抜けた時点で2本分の小さな入れ歯を入れる。

年月が経って他の歯が抜けたら、抜けた部分は入れ歯にプラスチック製人工歯を継ぎ足す増歯修理を行ないます。

これまで入れ歯を使っているならば増歯修理して多少は入れ歯が大きくなって、2本分だったのが3本分の入れ歯になったとしても違和感を生じることなく、すぐに適応できるものです。

こうして少しづつ入れ歯が大きくなって、4本5本6本分となって最終的には歯が一本もない左右14本分の総入れ歯になる。

もちろん総入れ歯になるまで何十年もかかるわけです。

このような経緯で総入れ歯になったのならば問題を起こすことは少ないです。

もちろん歯が抜けたりしないように努めるのが歯医者の役割であることは百も承知です。

ですが何十年か経過して総入れ歯になる患者さんはそれなりにいます。

ですから患者さんと信頼関係を築いて時間もかけていくことで、歯がないことを患者さんが受け入れていく。

そのような方向性を決めて患者さんにも徐々に納得して受け入れていただけるよう努力しています。

患者さんの心の受け入れと総入れ歯使用については研究はされているものの、具体的な心の受け入れを数値化して総入れ歯の成功率をパーセントで示した論文などは、私が探した限りでは見つけることができませんでした。

たとえば「入れ歯を受け入れる心チェッカー」みたいなマシンがあってアゴに機械を押し当ててピピピッと測り、10以上なら総入れ歯できる。10未満だとできない、みたいな。

そんな便利な機械は残念ながら存在しません。

ですからなるべくトラブルにならないように穏やかに、歯がない状況にソフトランディングさせるのも必要な技術です。

それには時間もかかります。

それが入れ歯ナシから、いきなり総入れ歯。
これがどんな状況かというと…

保険治療で、痛い入れ歯も調整できます

あなたが明日突然、手足がなくなって車イスと義手になったと想像してください。

そもそも
「何でこうなった」
とパニックするところから始まるでしょう。

いきなり車イスと義手など使いこなせるはずがないことは想像できるかと思います。

これがたとえば難病などで何十年か経つ間に少しづつ手足の自由が効かなくなる。

こちらはこちらでもちろん大変な状況ではありますが、少なくとも時間はある程度あります。

明日からいきなり手足が動かなくなる難病というのは、あまりないでしょう。

それならば対策も考えつきそうですし少しづつですが覚悟感みたいなものもできて受け入れると思います。

このようなことと同じ状況と私は思いました。

総入れ歯になったことに対して、いわばパニック状態にあるわけです。

それゆえの難しさ。
時間が経つのを待つしかない。
そのようなことも考えられます。

そんな中でも一所懸命に口の中に入れて使ってくださっているのですから素晴らしいことです。

入れ歯を作った歯医者の先生は良い腕前なのでしょう。
それだけに問題を解決したい。

とはいうものの症状を起こす原因がハッキリしないのです。

このような時は、とにかく話を聞くこと。

先ほどの訴えの中で一つヒントがありました。

それは
「くちびるが引っぱられる」
というもの。

これは入れ歯の前歯の歯並びが前に出過ぎているときに起こる症状です。

とはいえ上下の入れ歯でカチッと噛んだり歯ぎしりしたりした時の歯並びは全く悪くありません。

一箇所で安定して噛めますし歯ぎしりも前後左右に不自由なくできます。

この歯並びを変えるのは相当な勇気が必要です。

たとえば噛んだときの垂直的な高さを変えてはいけません。

垂直的な高さとは、カチッと噛んでもらった状態で鼻の下からアゴの下までの高さをノギスで計測します。

まずはそれを変えないように気をつけます。

入れ歯を新しく作ると往々にしてその高さが変わってしまうことがあります。

また咬み合わせの高さがとくに低くなると下アゴが前に出てしまいます。

そのまま入れ歯を作って無理やり前に出たアゴの位置で使い続けると顎関節症になったり、よく噛めなかったりといったことにつながります。

すると違和感が大きくて使えない入れ歯になってしまう。

とくに今回のNさんのような違和感を強く訴える方は、そうなる可能性が大きい。

気軽に入れ歯を作り替えるなどのことはしない方が無難です。

自動車やスマホなどは新しい物の方が絶対に性能が上です。

なぜならそのように作っているからです。

ですが入れ歯はそういった「物」とは違う概念で成り立っていると考えてください。

新しく作っても上手くいかないことがある。
むやみやたらと新しく作ることが逆にトラブルの元となる。

他にたとえる物がないので表現が難しいのですが、新しく作るタイミングなどは患者さんと歯医者とでよく相談して
「これはもう作り替える以外に治療法がない」
そんなタイミングが作り替える時です。

だから定期的に長年通って信頼関係を築き上げることが何より大切です。

当院では祖父の代から何十年も通っている方も大勢おられます。

それはトラブルの少ない、なおかつ効果の高い治療法を選んでいるからと思っています。

ですから今回は咬み合わせの本質は変えずに前歯の出過ぎていることだけを変えます。

具体的には前歯の後ろ側に歯科用プラスチックを盛って出過ぎている部分を削ります。

ちなみになぜプラスチックを盛るかというと、後ろ側にプラスチックを盛らずに歯の前側を削ると歯がなくなってしまうからです。

前歯の後ろ側に歯科用プラスチックを盛って出過ぎている部分を削ります

粉と液を混ぜると硬化するプラスチックを盛って、硬化するまで5分ほど待ってから前歯の前側を削ると、歯並びが一本分ほど後ろ側に下がりました。

「あっ!_くちびるの引っぱられる感じがなくなりましたよ!」

Nさんは驚いた顔をして笑顔で答えてくださいました。

変化としては3ミリほどです。

多少は歯が前に出ていても不自由なく使っている人は大勢います。

ですから歯医者がこの3ミリの違いに気がつくのは、なかなか難しいものです。

ただ当院では同じように前歯を後ろに引っこめる治療をいくつも手がけていたので、気がつくことができたのだと思います。

まずは下の総入れ歯で前歯の位置を後ろに引っ込めました。

同じことを上の総入れ歯でも行ないました。

実はこれでキレイさっぱり全ての症状、違和感を解決…というわけにはいきませんでした。

とはいえ、これ以上歯並びをいじるのは無理でした。なぜならこれ以上も削ると入れ歯に穴が開いてしまうところまで入れ歯が薄くなっていたからです。

入れ歯の厚みをゼロというわけにはいきません。

ただ、これまでと比べれば格段に使い良くなったとのこと。

後は3か月~半年ごとに微調整しながらNさんも使う努力をしてくださっています。

今回行なったNさんの入れ歯を調整修理する治療は5回の通院。費用は保険治療で3割負担で総額約1万円でした(症状や治療部位などにより費用は変わります)。

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