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「噛むと痛い」の落とし穴。入れ歯を削っても治らない理由とは?

「噛むと下の部分入れ歯が痛い」

よくある症状で来られたのは70代男性のHさん。

よくある症例としては入れ歯の余計な出っ張りが歯グキを傷つけているというもの。

「噛むと痛い」

そんな症状が1週間以上も続くときはそのような傷が原因のことがほとんどです。

入れ歯の、歯グキを傷つけている部分を直径数ミリ程度を軽く削ることで治ります。

ガマンしすぎないで歯医者に相談されることをおすすめします。

ここまで申し上げておいて難なのですが今回の症例は、そのような簡単な治療では治りません。

なぜなら入れ歯の設計が原因だからです。

部分入れ歯を歯に引っかけて入れ歯を口の中に維持する金属バネ(クラスプ)の設計です。

クラスプが2つあります。

その両方が歯の横から回りこむ設計になっています、。

多くの場合にそれでとくに問題は生じないのですが、Hさんは長年使っているせいで入れ歯の適合が悪くなっていました。

歯グキと入れ歯の接するピンク色の面の適合が悪くて噛むと入れ歯が大きく沈みます。

その沈みこむ力で歯グキを傷つけていたのです。

これは先に説明した入れ歯を削る治療では治りません。

逆に削った分だけもっと沈んで、もっと歯グキを傷つけるだけです。

歯グキと入れ歯が接するピンク色の面の適合が良くなるように修理修正するのは一つの有効な治療方法ではあります。

上の入れ歯だとそのような治療が劇的に功を奏することがあります。

なぜならば上の入れ歯は面積が大きいため形を大きく修正できるからです。

しかし下の入れ歯は上の入れ歯と比べると絶対的な面積が小さいです。

Hさんも体つきはガッチリしているのですが下アゴが小さく、入れ歯も小さいです。

また舌が動くので入れ歯は舌の動く範囲を避けないといけません。

下の入れ歯を大きくしすぎると今度は舌に引っかかってしまいます。

すると舌を動かすと入れ歯が外れてしまったり舌を傷つけてしまったりということが起こります。

ちょうどいい大きさというものがあるのですね。

だから入れ歯のピンク色の部分(床)の形の改善には限界があります。

保険治療で入れ歯のヒビを30分~1時間で修理

そこで床の修正は後から考えるとして今回はクラスプの形を修正することにしました。

Hさんの入れ歯のクラスプは歯を横から抱えこんで入れ歯を外れないようにする構造のものでした。

幸いなことに歯は前に6本残っています。

そこで現在のクラスプの一つを除去して、歯の上から回りこむ構造のクラスプに作りかえることにしました。

歯が2本並んでいれば、その隣り合う面にクラスプを通すことができます。

歯の上にクラスプを通すことで、噛んだ時に歯が噛む力を支えてくれます。

入れ歯の沈みこむを防ぐことができるのです。

噛む力が加わったときに、どのくらい沈みこむかという数値を「被圧変位量」といいます。

歯は歯グキに植わっていますが直接くっついているわけではありません。歯根膜という膜を介してくっついています。

その歯根膜の被圧変位量は約0.05mm、顎の粘膜の被圧変位量は約0.2mmと言われています。

ですから歯、歯根膜で入れ歯を支えるのは有効な手段といえるわけです。

クラスプを修理するとなると一般的な歯医者だと入れ歯を預かって専門の歯科技工所に発注して修理してもらうことになります。

それだと

歯医者が発注する
技工所が引き取りに来る
模型を持って帰って修理する
技工所が持ってくる

必ずこのような工程が必要になります。

そのようなことで1週間~10日かかります。

昨今は歯科技工士が不足して業界では問題になっています。

昔ならば

「急ぎで3日でよろしく~」

とか言えたのですが、今それをやると

「あそこの歯医者はブラックだ」

との風評が立ってしまいます。

狭い世界なので評判が簡単に広まってしまいます。

もっとも、どんなに急いだとしても修理を技工所に任せると数日はかかってしまいます。

それでいて確実に良い修理ができるとは限りません。

とくに今回のような歯の上を回りこむクラスプは精度が要求されます。

定期的な入れ歯調整メンテナンス。費用は保険治療3割負担の方で総額約2,000~3,000円

先ほど
・歯根膜の被圧変位量は約0.05mm
・顎の粘膜の被圧変位量は約0.2mm
と書きました。

歯に引っかかって粘膜を傷つけないようにするには

0.2-0.05=0.15mm

の精度が必要ということです。

たとえばクラスプと歯に目で見えるほどのスキマなどあったら、もう0.15ミリ以上の誤差があるのは確実です。

そうするともうクラスプは役割を果たさなくなってしまいます。

つまり相変わらず噛むと痛いという症状が治らないということです。

とくに歯科技工所に任せると、そこまでの精度を要求できません。

往々にしてスキマのあるクラスプが帰ってくることがあります。

ですから当院では入れ歯を装着しておいて口の中の型をとる。

すぐに石こうを注いで模型を作る。

歯医者がその場でワイヤーを屈曲してクラスプを作って石こう模型と合わせる。

クラスプを歯科用プラスチックで入れ歯に埋めこむ。

その日のうちにこのような工程で修理してしまいます。

・石こう模型が硬化するのに30分。
・クラスプを屈曲して入れ歯に埋めこむ。
・ブラスチックが硬化するのを待ってから石こうを壊して入れ歯を取り出す。
・修理した部分を研磨する。

模型上で歯医者が自分で確実にスキマのないクラスプを作製するので精度も期待できます。

そのようなことで修理した入れ歯はピッタリと口の中に収まりました。

噛んだときの沈みこみが明らかに減っているのがわかります。

修理する前は噛むと目で見えるほど入れ歯がブカブカと沈みこんでいたのですが、修理後は沈みこみが目では見えないくらいになっていました。

「あっ、これなら噛んでも痛くないですねー」

Hさんは笑顔で答えてくださいました。
結果はすぐにわかります。

床の修正は必要なものの後からゆっくり考えます。

今回行なった入れ歯のクラスプを修理する治療は1回の治療でした。

費用は保険治療2割負担で総額約2,000円でした。

ところで今回のように歯に乗っかって入れ歯の沈みこむを防ぐ、金属製の構造物のことを「レスト」といいます。

「入れ歯はレストこそ大事!」

と言う歯医者もいます。

今回のような症例ではその大事さを実感します。

ですからレストの大事さは私も認識しているところです。

とはいえ当院ではレストを付けない入れ歯にすることがほとんどです。

なぜなら肝心のレストの精度が不十分なことがほとんどだからです。

先ほど説明したように目で見えるほどレストが歯から浮いている例は多いです。

0.15mmの精度で作れる根拠はあまりありません。

とくに入れ歯の作製を技工所任せにしてしまうと合わないものが出来上がってしまいます。

そして後からそれを修正することは不可能です。

後は逆にレストがジャマになって入れ歯が合わないとか、レストが反対の歯どぶつかって咬み合わせが狂うとかいうことがあります。

ですから床が合っていればレストは不要なことがほとんどです。

とはいえ今回のように床を合わせるのが難しいとか小さな入れ歯で床で支えるのを期待できない場合にはレストが活躍します。

決してレストの存在を否定しているわけではありません。

他院で作製された入れ歯で合っているレストは触らない方が無難です。

ただ歯とレストはスキマが目で見えないくらい合っている。

0.15mmの精度で合っている。

レストとは高度な技術が必要な難しい作品と言えます。

常にそんな治療をめざして日々努力しているところです。

【関連記事】→入れ歯が痛い「Q.入れ歯を入れているだけで歯ぐきが痛い。入れ歯がこすれて痛いようです。ずっと痛いのをガマンして入れ歯を使っています。治りますか?」