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■いとう歯科医院は保険の入れ歯を放っておかない 歯科ブログ

平成11年秋に広島で開催された胡子大祭でのことです。
250人の暴走族が市内のど真ん中で暴れだし、警戒中の機動隊に襲いかかる。
この事件がテレビ放送されてから、広島は暴走族の街という不名誉なレッテルを貼られてしまいました。

その年の9月に広島県警本部長に着任した竹花豊氏はパトカーをぶつけて暴走車を止めるなど厳しく対応します。
いっぽうで取り締まるだけでは根絶できないと実感し、暴走する子どもたちを社会に取り戻すことを最終的な目標としました。
竹花氏は子どもたちと向き合っていくうちにあることに気づきます。

青少年問題の背景にあるのは、大人の対応のまずさもあることを。
生まれつき悪い子などいない。
置かれた環境で育つ中で社会とうまくやっていけず、はみ出してしまうこともあるでしょう。
そんな時に家庭や社会が、それを注意したり何が正しいかを伝えたりせずに投げ出してしまう。

すると子どもは「俺は捨てられた」という思いを強く持ってしまい暴走の引き金となります。
そこで立花氏は、警察と市民が暴走族の子どもたちに正面から向き合って「大人は君たちを放っておかない」そう彼らに知ってもらおうと「今暴走族に入っている君たちへ」というメッセージを発信しました。

「君たちのいまやっていることを放置しておくわけにいかないから、それに対しては厳しく対処する。
けれども、暴力団に支配されて自分の一生を台なしにしかけている君たちを警察も、県民も、社会に戻ってきてほしいと考えている。
君たちに幸せな一生を送ってもらいたいというのが我われの心からの願いだ。
だからぜひこのメッセージに耳を傾けてほしい」

同時に取り組みとして始めたのが、補導した暴走族の少年たち16人との駅のトイレ掃除でした。

私はこの話を読みながら深くうなずいていました。
なぜならこの県警の取り組みが当院の入れ歯治療の取り組みと同じだったからです。

「保険の入れ歯治療は不採算」残念ながらこれが現在の保険の入れ歯治療に貼られている不名誉なレッテルです。
保険点数から換算すると、そうなるのだそうです。「保険の入れ歯なんかダメ」歯科医からハッキリそう言われたという患者さんの話をよく聞きます。
だから多くの歯科医院では保険の入れ歯治療をやりたがらず高額な自費治療の金属床入れ歯やインプラントをやろうと血道をあげています。
果たして保険の入れ歯とは歯科医たちに受け入れられず投げ出され、見捨てられてしまった歯科治療の暴走族的な存在なのでしょうか。

もちろんそんなことはありません。
入れ歯には数多くの工程があります。
型をとる、咬み合わせの記録を計測する、柔らかいワックスの上に入れ歯用の人工歯を並べて口の中で確認、修正する。
こうした入れ歯作製の工程を、全て外の歯科技工所に有料で丸投げしていたら確かに赤字です。

しかも歯科医師の技術もそこで止まってしまいます。
私は診療の合間や診療後に少し時間をとって、入れ歯の多くの作製過程を自らの手で行ないます。
コストの計算とは関係なく、それが自分の勉強になり結果的に治療が上手くいくからです。
大学を卒業後、他の歯科医院に勤務していた時代に、診療後に歯科技工士さんから教わりながら入れ歯作製の技工作業をやっていました。

すると作業する私の横に来た上司から「歯科医が技工なんか、やらなくていい」と言い放たれたことがあります。
今から思い起こすと、それはあたかも「県警本部長がトイレ掃除なんか、やらなくていい」と言っているかのようでした。
自分自身の対応のまずさで治療がうまくいかなかった事例もあるので他の歯科医だけを否定するつもりはありません。

ですが、保険治療の入れ歯をハナから否定したり、見えないところで努力を重ねている人を鼻で笑ったりする風潮に疑問を感じています。
入れ歯の不調はそのような歯科医の対応のまずさも原因のひとつとして挙げられるのではないか。
そんな気がしてなりません。

暴走族の少年たちは最初、トイレ掃除に参加すれば押収された特攻服を返してもらえるかもという下心があったようです。
しかしいざ始まると県警たちもびっくりするほど真剣に取り組みます。
彼らが素手で一心に便器を磨く姿に町会長や駅に立ち寄った市民たちも驚きました。

いつしかその姿を見た大勢の市民たちが「一緒にサッカーやろう」「勉強も教えてあげる」「就職の世話もするよ」と応えてくれるようになりました。
それまでにない働きかけに暴走族の少年たちも驚き「自分たちにこれだけ目を向ける大人もいるんだ」「何の得にもならないトイレ掃除に一緒に打ち込んでくれる、こんな大人もいるんだ」と感動を口にします。

「県警本部長がトイレ掃除なんか、やらなくていい」
もちろん警察の上層部にそんなことを言う人はなくトイレ掃除の活動はぐんぐん広がり、500人の少年があっという間に更生しました。
広島県の検挙・補導件数は平成10年は6,471人だったのが、平成30年には1,056人と大幅に減りました。

結局、暴走行為だろうと奉仕活動だろうと関係ありません。
人はみな自分たちの存在が認められ、生きている実感が欲しいんです。
と記事は伝えています。

入れ歯だって同じです。
自費だろうと保険治療だろうと関係ありません。
入れ歯が必要な状況になる人は年齢とともに増えてきます。

生きるのに必要なものを手に入れるために、支払う手が震えるような何十万円、何百万円ものお金が要るようでは困ります。
少なくとも今のところ、日本の歯科以外の医療と、介護は、そんなつまらない心配をせずに済むようになっています。

私自身が真珠腫性中耳炎で入院して全身麻酔下の手術を受けた時や、父と母に介護が必要になった時など、保険給付のありがたみを実感しました。
不採算だからと歯科医に見捨てられることなく、お金の心配などせず普段の生活に支障なく食事や会話を楽しみたい。
そんな声に応えられるように私は保険の入れ歯治療に日々取り組んでいます。

トイレ掃除を通じて自分を変えたい、社会を変えたいという願いを持って無私の取り組みに参加することで得られる効果について、記事では以下の五点を挙げていました。

一、心が磨かれる
ニ、謙虚になる
三、気づく人になる
四、感動しやすい人間になる
五、感謝の気持ちが生まれる

私もトイレ掃除を通じてそんな立派な大人になりたいものですが当院の待合室のトイレ掃除は、粉を入れるだけで泡の力で汚れを落とすという、西友で購入した便利品を使っています。
不実行な大人でスミマセン。

参考文献:致知2020年11月号、致知出版社

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