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■エルメスの社長ロベール氏の教え 歯科ブログ

3歳のパスカル・ミュサールはエルメスの工場が遊び場所でした。

エルメスは品質管理が厳しく、ほんの少しの傷があっても商品にはなりません。
また傷もないのに別の理由で長いこと眠ったままの物もあります。

馬具、ベルト、スカーフ生地の端切れ、ボタン、ピン、ガラス……。

在庫の山を前にしたパスカルの胸は踊った。

「私にはあれが本当の宝箱だと思えたの」
「どれを見ても処分するのがつらいほど美しい」
「なんとか工夫して、もう一度命あるものにできないかしら」

そんな志を胸に働きはじめたパスカルはエルメスの工房で気がつきました。

「素敵なものを輝かせたい」

ロベール大伯父さまが作ってくださったペンダントみたいに……。

パスカルはエルメス一族の一員として生まれました。
当時3歳だった彼女は、その後エルメスで独創的な試みを成功させます。
その原点は、彼女が10歳の時に大伯父の4代目社長ロベールが作ってくれたペンダントです。

ロベールは幼いパスカルを川原へ遊びに連れて行き
「パスカル、好きな石を選んでごらん」
川原で拾ってきた石を工房に持ち帰って丁寧に磨きあげ、自身がデザインした止め金具を飾りつけて美しいペンダントに仕上げました。

生まれ変わったペンダントの美しさに心を奪われているパスカルに
「どんな素材にも価値がある。それを選んで輝かせる気があればね」
とロベールはやさしく語りかけました。

パスカルは21歳でエルメスに入社。
50歳になったパスカル・ミュサールは、10歳のころからずっと心にしまっていた「素敵なものを輝かせたい」という夢を実現するために心の扉を開けるときがきました。

エルメスの棚にだれにも知られず眠っているきれいな宝物を、元の形を忘れるほど工夫して人々を魅了する品々に姿を変える決断をくだし、ジュエリーデザイナーと協力して100個もの試作品を創りました。
そしてティーカップの破片に柄をつけた小物入れや、ハイセンスなポンチョ、ピアス、ブローチなど独創的な商品をエルメス執行役員会議でプレゼンテーションをして見事に商品化しています。

これらのコレクションをなんと呼んだらいいのか。
パスカルは、エルメス自体を大文字の「H」としたら、これらは小さなh(アッシュ)という意味で「petit h(プティアッシュ)」と名づけることにしました。
プティアッシュは2010年11月にパリのフォーブル店で初めて販売を行い、大好評を博しました。
そこに流れている思想は大伯父ロベールがパスカルに教えた「この世に価値のない素材はない」です。

それを読んで、ふとページをめくる手が止まり、頭の中にすーっと次の言葉が浮かんできました。

「この世に価値のない入れ歯はない」

患者さんの歯ぐきがやせてきて合わなくなった入れ歯でも、たとえ壊れてしまった入れ歯であったとしても歯科医の技術でよみがえらせることができる。

川原の石のようなそのままでは宝物にならなかったものに新しい視点で職人の技術を加え、あらたな価値を生み出すエルメスのプティアッシュのように。
それはまさに当院の入れ歯修理に対する姿勢そのものです。

・真っ二つに割れた入れ歯に補強の金属線を入れて修理する。
・歯が抜けた部分にプラスチックの人工歯を入れ歯に継ぎ足して増歯修理する。
・部分入れ歯を支える金属のバネが折れても型を採ってバネだけを新しく修理する。
・合わない入れ歯でも歯科専用の安定材ティッシュコンディショナーを貼って安定させる。

たしかに使えない入れ歯を捨ててしまうのは簡単でしょう。
しかしそのままでは使い物にならない入れ歯を、歯科医師の技術を加えて使える入れ歯に生まれ変わらせる。
こうすることで新しく入れ歯を作るよりも低リスク、低コスト、短時間で口の機能を回復できます。

エルメスの社長ロベールは私に大切なことを教えてくれました。
「どんな素材にも価値がある。それを選んで輝かせる気があればね」
この言葉をそのまま歯科医師の私に置き換えてみると
「どんな入れ歯にも価値がある。それを選んで輝かせる気があればね」に相当します。

使い捨てなどムダの多い現代に、素材を最後まで大事に使いきって輝かせる。
私が小さい頃は概念すらなかった、SDGs(エスディージーズ/持続可能な社会)の実現という、地球の将来を見据えた新しい未来へのアプローチにも見事に合致しています。
フランス革命や2度の世界大戦、不況の嵐を乗り超えて今でも新しい発想で物を作り出すエルメス。
エルメスは創業180年を超える老舗にも関わらず、まだまだ勉強と進化をやめるつもりはなさそうです。

エルメスと同じように「なんとか工夫して、もう一度この入れ歯を命あるものに輝かせることができないか」
「すべての人に健康と福祉を、あらゆる年齢の人の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」
いとう歯科医院は入れ歯を見て、まずはそう考えます。

数あるSDGsの項目の中でもとくに医療と関係が深いこの部分の実現のため。
エルメスのプティアッシュを見習って、保険治療の入れ歯修理の勉強と進化を続けていくつもりです。

参考文献:
「エルメスの道」竹宮惠子著、中央公論新社

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