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揺れている歯を抜いてプラスチック製の人工歯を継ぎ足す増歯修理をして総入れ歯になったら、噛む力が上がった症例

杉並区西荻窪で、入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。

「痛くて噛めないのよ」

そうおっしゃるのは80代女性のRさん。
上アゴは歯が一本もない総入れ歯、下アゴは歯が2本残して後は入れ歯です。

歯が折れたり抜けたりしては入れ歯にプラスチックの人工歯を継ぎ足す増歯修理を何十年にも渡って繰り返してきました。

歯周治療などで歯を保てないことに対する批判等はあるのでしょうが、そのようなやむを得ない状況の患者さんはいます。

今回はその最後の2本が揺れていて口を閉じるだけで痛みを訴えていました。
そこでまた抜歯して増歯修理をすることに。

もう慣れっこのRさんは
「あ、いつものね~」
と治療方針の説明も簡単ですし患者さんの受け入れもスムーズです。

もっとも歯が一本でも「ある」のと一本も「ない」のとでは入れ歯の使い勝手に天と地の差があります。
それまでは何事もなかった方が急に入れ歯のあちこちが痛くなることも。
増歯修理してからが本当の勝負です。

とはいえRさんは幸運なことに総入れ歯になっても特別に大変なことにはなりませんでした。

「かえってよく噛めるような気がするわ」
とのRさんの感想。

良い感想をくださるのは私たち歯科医師もうれしいですし励みになります。

従来は
「あ、良かったですね」
で終わりだったのが今は違います。

具体的にどれほど噛めるようになったかを治療前と後で、数値で比較できるようになっているのです。

保険治療で入れ歯と口の機能検査できます。隠れた不調がわかります

このようなことができるようになったのはここ5年ほどの話です。

「歯医者も削る、詰める、入れ歯ばっかりじゃダメですよ。
検査して口の機能を数値化してください。
その数値を元に科学的根拠に基づいた口の機能のリハビリテーションやトレーニングをして口の健康に寄与しましょう」

大ざっぱに言うと、そのような理由から「口腔機能検査」で割り出した数値を元に「口腔機能管理」を行なう治療が保険で導入されました。

当院でも積極的に行なっています。

Rさんも歯がある時代に検査をしていました。
特殊な検査用のグミキャンディを噛み砕くことで、入れ歯でどのくらい噛めるのかを数値で表す「咀嚼能力検査」です。

数値が高いほど咀嚼する力が強くて100未満だと口の機能が不十分な「口腔機能低下症」と診断されます。

歯がある時代に行なった検査ではグミキャンディを噛むのも辛そうで明らかに揺れている歯を避けて噛んでいました。

算出された数値も30台。
明らかに口の機能が低下している数値です。

口の機能が低下すると十分に食事できず身体が弱る原因となります。

しかし残っている歯が0の総入れ歯になってからの検査では
「これはよく噛み砕けるわ」
と言う余裕もあるくらいバリバリと咀嚼されて、算出された数値も100を超えていました。

今回行なったRさんの入れ歯修理して口腔機能管理を行なう治療は、保険治療1割負担で総額約2,000円でした(症状によって金額は異なります)。

「保険治療で入れ歯と口の機能検査できます。隠れた不調がわかります」

増歯修理を繰り返した入れ歯は壊れやすかったり不安定だったりするので、慎重に調整したり新しく作ることも考慮します。

とはいえスムーズに総入れ歯に移行できたRさんならば今後の治療もさほど苦労することはないでしょう。

定期的な検査と調整、入れ歯をより良く使うための口と舌の機能を保つリハビリテーションをご案内して、今回は治療終了となりました。

「口腔機能低下症、明日の臨床から取り組むためのヒント」

高齢社会といわれるように日本は社会の高齢化が進んでいます。

食事も会話も支障なくでき健康で長生きするために口腔機能の維持・向上の重要性は年々高まっています。

医科との連携を図ることを歯科保険治療においても求められるようになりました。

その口腔機能の維持・向上、医科との連携のカギを握るのが口腔機能検査、検査に基づく病名としての口腔機能低下症、検査、病態に対する解決策、治療として口腔機能管理です。

しかしこの口腔機能低下症に取り組んでいる歯科医院の数はまだまだ多くなく、導入に難しさを感じている先生が多いようです。

口腔機能低下症の現在

口腔機能低下症の検査と管理が保険収載されて数年が経過しましたが、十分に浸透してきたかというと、まだまだと言わざるを得ない状況ではないでしょうか。

ハードルが高く思えて取り組めてはおらず、きっかけをつかめない歯科医師は多いようです。

口腔機能低下症についてどのように捉え、臨床に取り入れていけばいいのでしようか。

「口腔機能低下症の概要について」

従来の歯科における口腔機能については「健康な状態」と「障害のある状態」の二極化した捉え方しかありませんでした。

たとえば
唾液の分泌が悪い→口腔乾燥、
発音に問題がある→発音障害や構音障害、
食べられない→咀嚼障害

といったように口腔機能を構成するものをひとつずつ別々に診断していました。

それぞれについて治療をしていたわけです。

しかしそれぞれの事は独立して別個に病気を引き起こしているわけではありません。

また今のところガマンすれば何とかなる、みたいなことでも何もせず時間が経過すると病気につながる。
そんなことも起こります。

そこで、話す、食べるといった患者さんの口腔機能を総合的に評価し、健康と障害の中間的なところに位置するものとして、口腔機能低下症という概念が誕生しました。

2016年に日本老年歯科医学会がその定義と診断基準を作成し、2018年4月に口腔機能低下症の検査と管理が保険収載されました。

7項目の検査を行い、そのうち3つ以上が基準を下回ると、口腔機能が低下しているとみなし、口腔機能低下症と診断します。

口腔機能低下症の舌圧検査について

口腔機能低下症は、高齢者を中心に見られる口腔内の機能が低下する状態です。

とくに嚥下(飲み込み)や咀嚼(かみ砕くこと)の能力が落ちることで生活の質(QOL)や健康に大きな影響を及ぼします。

その中でも舌圧検査は口腔機能の評価において重要な役割を果たします。

舌圧検査とは何か?

舌圧検査は、舌の筋力や運動機能を評価するために行なわれます。

具体的には、舌が上顎や口蓋に押しつける力(舌圧)を測定します。

通常、舌圧は舌圧計という専用の機器を使って測定されます。
この装置は、舌を上アゴに押し付けて舌圧計の小さな風船を押すことによって圧力を感知し、その数値を表示するものです。

日本では舌圧の基準値として、成人男性では約30kPa(キロパスカル)、成人女性では約25kPaが一般的とされています。

なぜ舌圧検査が重要なのか?

嚥下障害の予防と評価:
舌圧が低下すると、食物をうまく嚥下できず、誤嚥(食べ物や唾液が気管に入ること)や肺炎のリスクが高まります。

早期に舌圧の低下を検知することで、適切なリハビリテーションや食事指導を行うことが可能になります。

栄養状態の改善:
適切な舌圧は、食事を楽しむだけでなく、十分な栄養を摂取するために不可欠です。

舌圧が低下すると、食事が苦痛になり、結果として栄養不良に陥りやすくなります。

生活の質(QOL)の向上:
口腔機能の低下は、話す、味わう、笑うといった日常生活の基本的な行動に影響を与えます。
舌圧検査を通じて口腔機能を評価し、改善策を講じることは、QOLの向上に直結します。

舌圧検査の実施方法

準備:まず、被験者は自然な姿勢で座り、口腔内が乾燥していないことを確認します。
測定:舌圧計の小さな風船のようなセンサーを口の中に置いて患者さんに舌を上げるよう指示します。

通常、最大力で3回測定し、その平均値を採用します。

結果の解釈:得られた数値をもとに、口腔機能の状態や介入の必要性を判断します。

結論

口腔機能低下症の管理において、舌圧検査は非常に有効な手段です。

早期発見と適切な介入によって多くの高齢者の生活を豊かにし健康寿命を延ばすことが期待できます。

しかし舌圧だけでは口腔機能の全てを評価することはできないため、他の評価方法と組み合わせることが重要です。

参考文献:How to 口腔機能低下症
明日の臨床から取り組むためのヒント
Vol. 080
https://www.gc.dental

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