杉並区、西荻窪で、保険の入れ歯治療を数多く手がける歯医者、いとう歯科医院の伊藤高史です。
オルタナティブブログに記事を載せました。
千利休と歯医者の共通点! 名品・入れ歯の「エネルギー」を見抜く目利きとは?↓
https://blogs.itmedia.co.jp/ito_takafumi/2025/10/ai.html
ホームページ掲載 すみ
杉並区、西荻窪で、保険の入れ歯治療を数多く手がける歯医者、いとう歯科医院の伊藤高史です。
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顔が下がる感じ
発音しにくい
くちびるが引っぱられる
微妙な表現をされるのは50代女性のNさん。
痛い、とかならば痛みを起こしている原因を探って取り除けばいい。
多くの場合は痛みを起こしている部分は直径2~3ミリほどの赤い潰瘍になっています。
だから目で見てわかるわけです。
ところが先ほどの訴えは目で見てわかる病変ではありません。
上下とも歯が一本もない総入れ歯です。
他院で作製されたものですが、あまり悪い出来には見えず、作り手の努力がうかがわれます。
本当に悪い出来ならば、そもそも口の中に入れていられません。
実際に患者さんはいつも口の中に入れて食事もできています。
でも使いにくい、違和感がぬぐえない。
正直に申し上げると、これは苦戦が予想されました。
というのは総入れ歯になった経緯です。
元々は7本の歯を金属冠でつなげた大きなブリッジが入っていました。
前歯はそれで何とか格好がついていたのですが、ある時から支えの歯が揺れ出して、あえなく抜歯に。
するとそれまで入れ歯を全く使ったこともなかったのが、いきなり歯14本分の総入れ歯となってしまいます。
当院に長く通っている方は比較的早くから着脱可能な入れ歯を入れることをおすすめしています。
たとえば歯が2本抜けた時点で2本分の小さな入れ歯を入れる。
年月が経って他の歯が抜けたら、抜けた部分は入れ歯にプラスチック製人工歯を継ぎ足す増歯修理を行ないます。
これまで入れ歯を使っているならば増歯修理して多少は入れ歯が大きくなって、2本分だったのが3本分の入れ歯になったとしても違和感を生じることなく、すぐに適応できるものです。
こうして少しづつ入れ歯が大きくなって、4本5本6本分となって最終的には歯が一本もない左右14本分の総入れ歯になる。
もちろん総入れ歯になるまで何十年もかかるわけです。
このような経緯で総入れ歯になったのならば問題を起こすことは少ないです。
もちろん歯が抜けたりしないように努めるのが歯医者の役割であることは百も承知です。
ですが何十年か経過して総入れ歯になる患者さんはそれなりにいます。
ですから患者さんと信頼関係を築いて時間もかけていくことで、歯がないことを患者さんが受け入れていく。
そのような方向性を決めて患者さんにも徐々に納得して受け入れていただけるよう努力しています。
患者さんの心の受け入れと総入れ歯使用については研究はされているものの、具体的な心の受け入れを数値化して総入れ歯の成功率をパーセントで示した論文などは、私が探した限りでは見つけることができませんでした。
たとえば「入れ歯を受け入れる心チェッカー」みたいなマシンがあってアゴに機械を押し当ててピピピッと測り、10以上なら総入れ歯できる。10未満だとできない、みたいな。
そんな便利な機械は残念ながら存在しません。
ですからなるべくトラブルにならないように穏やかに、歯がない状況にソフトランディングさせるのも必要な技術です。
それには時間もかかります。
それが入れ歯ナシから、いきなり総入れ歯。
これがどんな状況かというと…
あなたが明日突然、手足がなくなって車イスと義手になったと想像してください。
そもそも
「何でこうなった」
とパニックするところから始まるでしょう。
いきなり車イスと義手など使いこなせるはずがないことは想像できるかと思います。
これがたとえば難病などで何十年か経つ間に少しづつ手足の自由が効かなくなる。
こちらはこちらでもちろん大変な状況ではありますが、少なくとも時間はある程度あります。
明日からいきなり手足が動かなくなる難病というのは、あまりないでしょう。
それならば対策も考えつきそうですし少しづつですが覚悟感みたいなものもできて受け入れると思います。
このようなことと同じ状況と私は思っています。
総入れ歯になったことに対して、いわばパニック状態にあるわけです。
それゆえの難しさ。
時間が経つのを待つしかない。
そのようなことも考えられます。
そんな中でも一所懸命に口の中に入れて使ってくださっているのですから素晴らしいことです。
入れ歯を作った歯医者の先生は良い腕前なのでしょう。
それだけに問題を解決したい。
とはいうものの症状を起こす原因がハッキリしないのです。
このような時は、とにかく話を聞くこと。
先ほどの訴えの中で一つヒントがありました。

それは
「くちびるが引っぱられる」
というもの。
これは入れ歯の前歯の歯並びが前に出過ぎているときに起こる症状です。
とはいえ上下の入れ歯でカチッと噛んだり歯ぎしりしたりした時の歯並びは全く悪くありません。
一箇所で安定して噛めますし歯ぎしりも前後左右に不自由なくできます。
この歯並びを変えるのは相当な勇気が必要です。
たとえば噛んだときの垂直的な高さを変えてはいけません。
垂直的な高さとは、カチッと噛んでもらった状態で鼻の下からアゴの下までの高さをノギスで計測します。
まずはそれを変えないように気をつけます。
入れ歯を新しく作ると往々にしてその高さが変わってしまうことがあります。
また咬み合わせの高さがとくに低くなると下アゴが前に出てしまいます。
そのまま入れ歯を作って無理やり前に出たアゴの位置で使い続けると顎関節症になったり、よく噛めなかったりといったことにつながります。
すると違和感が大きくて使えない入れ歯になってしまう。
とくに今回のNさんのような違和感を強く訴える方は、そうなる可能性が大きい。
気軽に入れ歯を作り替えるなどのことはしない方が無難です。
自動車やスマホなどは新しい物の方が絶対に性能が上です。
なぜならそのように作っているからです。
ですが入れ歯はそういった「物」とは違う概念で成り立っていると考えてください。
新しく作っても上手くいかないことがある。
むやみやたらと新しく作ることが逆にトラブルの元となる。
他にたとえる物がないので表現が難しいのですが、新しく作るタイミングなどは患者さんと歯医者とでよく相談して
「これはもう作り替える以外に治療法がない」
そんなタイミングが作り替える時です。
だから定期的に長年通って信頼関係を築き上げることが何より大切です。
当院では祖父の代から何十年も通っている方も大勢おられます。
それはトラブルの少ない、なおかつ効果の高い治療法を選んでいるからと思っています。
ですから今回は咬み合わせの本質は変えずに前歯の出過ぎていることだけを変えます。
具体的には前歯の後ろ側に歯科用プラスチックを盛って出過ぎている部分を削ります。
ちなみになぜプラスチックを盛るかというと、後ろ側にプラスチックを盛らずに歯の前側を削ると歯がなくなってしまうからです。

粉と液を混ぜると硬化するプラスチックを盛って、硬化するまで5分ほど待ってから前歯の前側を削ると、歯並びが一本分ほど後ろ側に下がりました。
「あっ! くちびるの引っぱられる感じがなくなりましたよ!」
Nさんは驚いた顔をして笑顔で答えてくださいました。
変化としては3ミリほどです。
多少は歯が前に出ていても不自由なく使っている人は大勢います。
ですからこの3ミリの違いに気がつくのは、なかなか難しいものです。
ただ当院では同じように前歯を後ろに引っこめる治療をいくつも手がけていたので、気がつくことができました。
まずは下の総入れ歯で前歯の位置を後ろに引っ込めました。
同じことを上の総入れ歯でも行ないました。
実はこれでキレイさっぱり全ての症状、違和感を解決…というわけにはいきませんでした。
とはいえ、これ以上歯並びをいじるのは無理でした。なぜならこれ以上も削ると入れ歯に穴が開いてしまうところまで入れ歯が薄くなっていたからです。
入れ歯の厚みをゼロというわけにはいきません。
ただ、これまでと比べれば格段に使い良くなったとのこと。
後は3か月~半年ごとに微調整しながらNさんも使う努力をしてくださっています。
今回行なったNさんの上下とも総入れ歯の歯並びを修理する治療は、通院回数5回。費用は保険治療3割負担で総額約1万5千円でした(費用は症状などにより変わります)。

「入れ歯がカパカパになっちゃって食べられなくなっちゃった」
そうおっしゃるのは80代男性のRさん。
歯がなくて上下とも総入れ歯を使っています。
3年ほど入れ歯と歯グキの接するピンク色の面に歯科専用の入れ歯安定材ティッシュコンディショナーを貼り替えながら使い続けていました。
ティッシュコンディショナーは柔らかさがある程度持続し、歯グキとの適合の良い優れた材料です。
ただし劣化する欠点があります。
1か月も経たないうちにペリペリと剥がれてしまったり変形してボソボソになって歯グキを傷つけたりします。
人によっては半年くらい経っても
「あ、大丈夫っす、順調です」
と使える人もいます。
個人差の大きい材料ではあります。
とはいえ何年にも渡って入れ歯を使い続けようとしたら何回か貼り替えが必要です。
劣化したティッシュコンディショナーを削って新しいティッシュコンディショナーを貼るのですが、どうしても劣化した部分を削るときに元の入れ歯も削ることになります。
すると入れ歯の強度が心配になってきます。
そこで時にはティッシュコンディショナーでなく、硬化するとプラスチック状に硬化するリベース材を貼ります。
この治療法はリラインといいます。
そうすると入れ歯の補強になります。
こちらの材料はティッシュコンディショナーと比べると適合は若干劣るかな、というのが私の個人的な感想です。
劣るという論文やデータは存在しないと思います。
またリベース材にも欠点があります。
それは痛くなる可能性があること。
ティッシュコンディショナーを貼った後に痛くなることは、咬み合わせが間違っているとか分厚く貼ったとか致命的なミスでもしない限りは起こらないものです。
しかしリライン後は、材料が硬化したときに尖りが歯グキを傷つけて痛みを起こすことがあります。
ですからリライン後に
「普段は大丈夫だけど、食事すると痛い」
という症状が出たら治療が必要です。

もっともその治療は、さほど難しくありません。
痛みを起こしているのは歯グキの傷です。
多くの場合は目視できます。
だいたい直径1~3ミリ大の赤や白の小さな潰瘍状です。
だからその口の中の傷に白いペーストを付けて入れ歯を装着します。
入れ歯を外すと白いペーストが入れ歯に転写されるので、そこを削ると解決します。
このように数週間~数か月おきにティッシュコンディショナーとリベースを貼り替え続けていたRさんの総入れ歯でした。
しかし今回はさすがにもう入れ歯が限界。
ティッシュコンディショナーを貼ってみたものの、あまりに古い入れ歯だと、ちゃんと貼りつかなかったりします。
また入れ歯が歯グキと接する面だけでなく上下の咬み合わせも磨耗が著しくなっています。
いつもは1~2回の治療で
「あ、これは調子よくなった。また使ってみますね~」
などという感じで終わっていました。
しかし今回はそれで終わってしまうわけにはいきません。
上下とも新しく総入れ歯を作りかえることにしました。
1年くらいポカンと来院が途絶えることが珍しくなりRさんでしたが、新しく入れ歯を作る説明をしたところ毎週キチンと通ってくださいました。
入れ歯を作る途中でポカンと期間が空くと精度が悪くなったりします。
当院に通ってくださる患者さんはみなさん誠実に対応してくださるので本当に感謝しています。
ちなみに、ただやみくもに作っても失敗します。
まず上下ともティッシュコンディショナーを貼ります。
ティッシュコンディショナーを貼ることで接する歯グキの歪みを取り除き良好な状態にします。
実はこれがティッシュコンディショナーの本来の目的です。
歯グキを良好にしてから入れ歯を作製したりリラインしたりすることで、より合った入れ歯にできるのです。
もう一つ大事なのは上下の咬み合わせ。
咬み合わせがすり減ると、口を閉じた時にくちびるが「ヘ」の字になるので分かります。
そこでティッシュコンディショナーで
入れ歯と歯グキを安定させたら咬み合わせの回復です。
入れ歯の噛む面に歯科用のワックスを貼ります。
厚さ1.5ミリほどの規格化されたワックスを貼ることで咬み合わせが1.5ミリ高くなります。
また不均衡な咬み合わせを均等に整えることができます。
前歯から奥歯まで、歯の先端を結ぶと平面ができます。
それを咬合平面といいます。
この咬合平面は、鼻の穴と両耳の穴を結んだ平面であるカンペル平面と平行しています。
その咬合平面を平らに整えることが安定した入れ歯には必要です。
そこでまず上の入れ歯の咬み合わせを平面を整えつつ高くすると
「あっ、これならよく噛めますね」
Rさんは笑顔です。
咬み合わせを高くすると顔が変わります。
少し昔に「クシャおじさん」という歯のない人の顔をテレビに出演していたのですが、あんな感じだったのが若々しい面長な顔貌になります。
とはいえ上下とも歯の磨耗が著しいので改善しているとはいえ、まだくちびるがへの字です。
そこで次に下の入れ歯で咬み合わせを高くすることにします。

しかしこちらはダメだった。
ワックスを貼った入れ歯を口の中に入れると
「あっ、ダメダメ。これはちょっと高すぎます」
とRさん。
口の中の1.5ミリは大変大きな変化です。
こちらは受け入れられず。
とはいえこれは失敗ではありません。
上を高くした咬み合わせがRさんにとって適切な咬み合わせだったということです。
下の入れ歯まで咬み合わせを高くしてしまったら、それは高すぎることが分かったということ。
それならその咬み合わせで入れ歯を新しく作れば良い。
よく「新しく入れ歯を作ったら全然使えない」という患者さんの話をお聞きすることがあります。
それは色々の原因がありますが咬み合わせが変わってしまったからというのは大きな原因の一つです。
だからRさんの入れ歯はできるだけティッシュコンディショナー、リライン、修理で粘りました。
作りかえるのは慎重に行なう必要があるからです。
・アゴが小さい
・咬み合わせが低い
どちらも当てはまるRさんは、とくに注意が必要です。
そこで今回は型をとって石こう模型を作製してから上下咬み合わせを決めるのに工夫をしました。
それは
「現在使っている入れ歯と石こう模型を合わせて上下の咬み合わせを決める」
というもの。
入れ歯を作るときは上下の模型を合わせて歯並び、咬み合わせを決める必要があります。
その際に多くの歯医者は模型を元にワックス製の仮の入れ歯を作って、それで上下の咬み合わせを決定します。
ところがワックスの固さや性状のせいで咬み合わせの位置に大きく誤差が出ます。
先ほど1.5ミリの差で「ダメダメ」となりました。
現在使っている入れ歯の咬み合わせとワックスで決定する咬み合わせとでは1.5ミリどころではない誤差が出ることも珍しくありません。
とくに変に力が入ってしまい下アゴが前に出た咬み合わせになりがちです。
仮にこの方法で入れ歯を作ったら、絶対に使えません。
そのような理由から、現在使っている入れ歯と模型を合わせて咬み合わせを決める手法を当院では、よく行ないます。
石こう模型と入れ歯が必ずしもピッタリ合うわけではありません。
でもその誤差は後から修正するのも簡単です。
下の入れ歯の咬み合わせは普通の人より低いものの、Rさんにはよく合っています。
「あっ、これしていますピッタリしていますね~」
新しい入れ歯を入れたRさんは笑顔で答えてくださいました。
新しい入れ歯を入れて3日後に歯グキとの適合具合の調整をして治療終了になりました。
これならば安心して長く使えますね。
今回行なったRさんの上下とも総入れ歯を調整してから新しく作りかえる治療は、通院回数15回。費用は保険治療1割負担で総額約1万2千円でした(費用は症状などにより変わります)。

杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける
いとう歯科医院の伊藤高史です。
「いやー、もう歯がグラグラでダメですわ」
そうおっしゃるのは70代男性のMさん。
その口調はしかしサッパリとしたものでした。
もう長年通っているMさんは上下とも元々揺れている歯の多い口の中でした。
歯を残す努力はしつつも少しづつ歯を抜いて、入れ歯にプラスチック製人工歯を継ぎ足す増歯修理を行なってきました。
それで今回下の入れ歯は最後の一本の揺れが大きくなったので抜いて増歯をしたら総入れ歯となります。
4年に渡り最後の一本を維持してきました。
入れ歯は歯グキと接するピンク色の面が不適合になったら歯科専用の入れ歯安定材ティッシュコンディショナーを貼ったり補強の意味も含めて硬化するとプラスチック状に硬くなるリベース材を貼ったりして適合を維持して使っていました。
ただその最後の一本も軽く揺れている歯でした。
それでもう4年にも渡って最後の一本も一生保つわけではないので、抜けたら増歯修理してから新しく作る治療方針をことある事に説明していました。
そのように繰り返し啓蒙していた甲斐があって歯を抜くのも増歯修理するのも問題なく順調にできました。
科学的根拠のない話ですし医療の話ですらないのですが、このように時間をかけて繰り返し啓蒙して患者さんも納得して歯を抜かれる、入れ歯を作られる「覚悟感」のようなものが治療には必要と個人的には思います。
覚悟感の有無と治療の成功率の違いの統計的なデータなど取れるはずがありません。
だから科学でも医学でもないのですが、治療の際に大きな違いとなることをよく経験します。
たとえば14本つながった金属ブリッジを長年使っていたのが、ある日揺れてきて某歯医者が一気に全部抜いてしまった。
14本あって不自由なく使っていたのが、ある日突然歯が一本もなくなってしまった。

代わりに総入れ歯を作ったが全然使えない。
そんなケースを目にすることがあります。
それは治療は私の技術では、ほぼ不可能です。
咬み合わせの位置も、その総入れ歯が正しいのか分からないというのが難しすぎる理由の一つですが、もう一つの理由として患者さんの「覚悟感」というものがあると個人的に思っています。
そもそも何が起こって、何で総入れ歯になったのか、患者さんの理解が追いついていない。
そんな状態でこれまでのブリッジと何もかもが違う総入れ歯を使うことなど不可能です。
極端な例になりますが、私が明日突然手足がなくなって車椅子と義手で暮らせ、と言われても生活にならないでしょう。
それと同じことです。
今回のMさんのように時間をかけてMさんの心の中に納得感、覚悟感をゆっくり醸成することは科学的、医学的根拠などないのですが大事だと思います。
入れ歯治療とは、長年通ってくださっているからこそできることなのです。
そのようなことで増歯修理は順調にできました。
いっぽう歯がある時代に難しかったのは咬み合わせです。
噛んでもらうとくちびるがへの字になります。
これは下の入れ歯の高さが低いと起こる状態です。
・歯グキが痛くなる
・上手く噛めない
・口角炎
など様々な症状を起こすのと、いわゆる巾着顔になって年寄りっぽい顔貌になります。
改善したいのはやまやまだったのですが簡単にはできない理由がありました。
それは残っている歯です。
歯が残っている部分入れ歯では多くの場合に、残っている歯が咬み合わせの基準となります。
咬み合わせが低いからといって入れ歯の人工歯で咬み合わせを高くすると、残っている歯で噛まなくなります。
するとかえって咬み合わせが不安定になり
・やたらと磨耗する
・顎関節に症状を引き起こす、アゴが痛い、口が開かないなど
・入れ歯の強い違和感
このような症状を引き起こすことがあります。
もっともそのような症状を起こさないこともあります。
ただ、やってみて初めて分かることです。
だから残っている歯で噛み合っている入れ歯に対しては咬み合わせを高くする咬合挙上(こうごうきょじょう)治療は、なかなかやりにくいものです。
咬み合わせが低いことで様々な症状を引き起こしているのなら咬合挙上を試みる価値はあります。
これまでMさんはさほどそのような症状を訴えなかったので、咬み合わせについてはずっと保留していました。
とはいえ、とうとう最後の一本がなくなりました。
それならばもう遠慮はいりません。
増歯修理して1週間様子を見て変わった事が起こらなかったので咬合挙上することにしました。
下の入れ歯、両側臼歯部の噛む面に歯科用のワックス板を貼り付けます。
これで仮の高さを決定します。
このワックスは約1.5ミリほどの厚さに規格化されています。
だからワックス一枚を貼ると1.5ミリ咬み合わせが高くなります。
そのワックスを噛んでもらうことで咬み合わせの位置を決定できます。
そうしたらワックスを左右どちらかを一枚ずつ除去してワックスの代わりに歯科用プラスチックを盛って噛んでもらうと咬み合わせを高くすることができるわけです。
この時に用いる歯科用プラスチックは粉と液を混ぜると硬化するものです。
混ぜた直後はドロドロなのが1分ほどで餅状になります。
その時に口の中に入れて噛んでもらいます。
それからさらに5分ほどでプラスチック状に硬化するので、余分なバリを削って研磨して完成。

生えている歯の咬み合わせを1.5ミリ変えるというのは至難の業です。
たとえばセラミックのかぶせものでそんな事をしたら、ほぼ確実に顎関節症になったり不定愁訴を起こしたりします。
不定愁訴とは原因不明のめまい、頭痛、手足の痺れなど日常生活に重篤な障害となる症状のことです。
ですが総入れ歯なら咬み合わせの大胆な治療が可能です。
とはいうものの症状を起こす可能性は否定できません。
だから1週間ほど様子を見ました。
結果なにごともなく食事も快適にできるようになったとのことでホッと胸を撫で下ろしました。
そこまで下準備をしたうえで下の新しい総入れ歯を作ることにしました。
長年使ってきた入れ歯は修理調整を繰り返していてツギハギらけ。
もう限界だったからです。
また歯がある時代に作られる部分入れ歯と歯がない状態になった総入れ歯とでは入れの設計思想が異なります。
部分入れ歯から総入れ歯になってそのまま使い続ける方もいますが、多くの場合に新しく作ることになります。
新しく総入れ歯を作る際に、とくに技術を要するのがアゴの型とりです。
普通は大ざっぱに下アゴの形に合った既製の型とり用トレーにゴム状の型とり材(印象材)を盛って口の中に入れて型をとります。
それで上手く型とりできることもあるのですが、とくに歯が一本もない無歯顎の場合は既製トレーだと難しいです。
とくに下アゴはトレーの余分な部分がジャマしてアゴの型というよりもトレーの型がとれてしまいます。
トレーに合った入れ歯など作ってもしょうがないので対策が必要です。
そこで既製トレー型とりして作った石こう模型を元にMさん専用の型とり用トレー厚手のプラスチックで作りました。
このようなトレーを「個人トレー」といいます。
個人トレーを作る際に気をつけるのは「大きすぎないこと」。
アゴ骨が痩せて小さく薄くなっているMさんの口の中に合わせるトレーは最初から既製トレーの半分くらいの幅のものでした。
それでも口の中に合わせて舌を動かすと、その動きに合わせてトレーもフワフワと動いてしまう。
これはトレーが大きすぎるということ。
そこでトレーの舌側を削っていきます。
削って合わせるのを繰り返すうちに舌を動かしてもトレーはアゴの上で安定してきました。
舌側が安定したら今度は外側(頬側)でも同じ作業をします。
イー、ウーと発音してもらい頬を私が大きく動かしてもトレーが動かなくなったら個人トレーの完成です。
次に削ったままだと口の中とあっていないのでコンパウンドという熱を加えると柔らかくなり冷めると固まる材料をトレーの縁につけて口の中に入れて舌側、頬側の形を作っていきました。
実はこの時点でもう、トレーを外そうとするとキューッとアゴに吸いつく感じが出ています。
最後の仕上げに印象材を薄くトレーに盛ってアゴに合わせて型とりは完了。
こうして作製した下の総入れ歯を入れたMさんは
「あ、これはよく合ってるね」
と笑顔です。
微調整して治療終了になりました。
今回行なったMさんの増歯修理してから入れ歯を新しく作る治療は9回の来院でできました。費用は保険治療1割負担で総額約6,000円でした(症状などにより費用は変わります)。
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杉並区、西荻窪で、保険の入れ歯治療を数多く手がける歯医者、いとう歯科医院の伊藤高史です。
オルタナティブブログに記事を載せました。
杉並区西荻窪|「あっ、これなら歯が見えますね!」歯科医が自ら調整する総入れ歯の「自然な笑顔」とは?↓
https://blogs.itmedia.co.jp/ito_takafumi/2025/09/post_199.html
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