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■もしも日本が「目には目を」のハムラビ法典下だったら その2 歯科ブログ

西荻窪、入れ歯専門のいとう歯科医院、伊藤高史です。

■答えは「まだ途中」

私の父がよく言っていた言葉があります。

「治療っていうのは患者さんが来た時よりも良くなって帰ってくれれば、それでいいんだよ。それだけなんだよ」
祖父の代から変わらない当院の保険治療は入れ歯1つ300万円などという大作ではありません。

1回の治療時間は長くてもせいぜい数十分です。
そうした患者さんに負担のかからない短い診療時間で入れ歯を修理していくので再び壊れることもあります。
新しく入れ歯を作っても装着後に痛くなることもあります。

それは果たして失敗なのでしょうか。

そうではありません。

答えは「まだ途中」です。
壊れたら修理ができます。
痛ければ調整ができます。
調整すれば痛みはおさまります。

当院でおこなっている治療とは「患者さんが来た時よりも良くなって帰る」これだけなのです。

次の不具合が起こるかも知れないので「入れ歯治療」とは入れ歯を作って終わりではありません。
入れ歯を新しく作ったとしても「まだ途中」です。

当院には、こうして祖父の代から30年以上も通ってくださる患者さんがたくさんいらっしゃいます。

もし歯科医が保険治療ではなく、自費で300万円という入れ歯を作ったとしたら大変だろうということは容易に想像できます。

入れ歯と引き換えにアラブの王様から油田を受け取ってしまったようなものです。
仮にそういう契約をしたとすれば、完璧な治療が求められるのは当然です。

失敗したら当然打ち首です。
神にでもならない限り「完璧な治療」はありえない話です。

・入れ歯を作ったけど痛みが取れない
・違和感が強くて入れていられない
・前の入れ歯よりも咬めないなど……。

当医院でも、今まで使っていた入れ歯のほうが具合が良くて、新しく作った入れ歯は使っていないという患者さんがいらっしゃいます。

結局新しい入れ歯の使用は断念して、古い入れ歯をメンテナンスしながら、その後何年も続けているという例はいくつもあります。

保険治療なら新しい入れ歯を作っても金額の負担は最大1万円ほどです。

今回作った新しい入れ歯があまり調子よく使えなかったとしても、保険治療のルールが適応されるので半年経てば必要ならまた新しく作る再チャレンジすることが可能です。

もし自費治療で300万円の義歯が使えなかったら「半年後に来院してください。また自費治療で300万円の入れ歯を新しく作りましょう」とは私には言えません。

300万円の入れ歯も保険治療の入れ歯も本当に使えるかどうかは、完成品を口の中に入れるまで神ではない自分には「分からない」と答えることしかできません。

もし仮に私が保険治療ではなく高額な自費治療でアラブの王様の入れ歯を作ったとしたら、油田をもらえたかもしれませんが、翌週、首をはねられていたという最悪の結末しか思い浮かびません。

当院ではアラブの王様でもご近所の患者さんでも、いきなり高額治療をすすめたりせず、最初は保険治療をすすめます。

そしてアラブの王様から「この治療は失敗か、それとも成功か」と聞かれたとしたら「まだ途中です」と答えます。

保険治療なら義歯を装着した後で、義歯調整という治療をすることが認められています。

治療はまだ途中です。
だから首は何とかつながります。

そのかわり保険治療は金額が決まっています。
なので、油田をもらうことはできません。

治療後に改めて来院してもらうことになるかもしれませんが、治療をするたびに

・治療前より良くなって帰ってもらう
・目の前の現実に命がけで向き合い、よりよい状態を実現する

いとう歯科医院はそこに全力を尽くしています。

アラビアンナイトのシェヘラザードも一夜一夜が命がけだったと思います。
毎晩、次のストーリーを必死に考えていたことでしょう。
おそらく油田をもらった後のことを考えるヒマなどなかったはずです。

歯科医も同じです。

治療の結果、しかめっ面で来院された患者さんが、治療を終えて「良くなりました」とニコニコと笑顔で帰っていただければ油田はいりません。

患者さんの笑顔は油田などよりもずっと価値のある贈り物だと思っているからです。

【関連記事】→「保険治療を選んだ理由」

オルタナティブブログ掲載すみ


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■なぜ「患者様」と呼ぶのはおかしいのか その5 歯科ブログ

西荻窪、保険で入れ歯専門、いとう歯科医院の伊藤高史です。

■医療は、客単価を増やす商売とは本質が違う

ちなみになぜデパートやキャバクラが「お客様」と言ってかしずくのか。
答えは簡単。過当競争だから。
日本中に物や同じようなサービスがあふれていてライバル店がたくさんあるからです。

どうせ完結した「点」の関係なら1回の来店で高額の物を買ってもらおうとするのは当然のこと。
客単価を増やすには、どうするか。
それを考えるのが商売というものです。

歯医者は「コンビニより多い」と言われるように過当競争の時代です。
今通っている歯医者が気に入らなかったら他の選択肢はいくらでもある。

この「患者様」が次回はいつ来るか分からない。
他の歯医者に行っちゃうかもしれない。
今月も借金、家賃、人件費が厳しいし。

「患者様」と呼ぶ歯医者がそう考えて、どうせそんな完結した「点」の関係だからと、キャバクラが高額のボトルキープをさせて大金払わせるかのように、自費の高額治療 を強引に勧めて患者に大金払わせようという魂胆がある……。

などと言うつもりはありません。
そんなこと言うつもりはないんですよ。
なぜなら「お客様」と呼ぶ店でもおおむね良心的な商売をしているだろうと思われるからです。

「患者様」の言い方が広まった経緯は私も多少調べました。
患者さんを大事にしようという気持ちは理解できるので、
他の医師、歯科医師、医療 関係者、団体、関係省庁等が「患者様」と呼ぶことを否定はしません。

ただ医師と患者が互いに理解しあって納得して、
一緒に幸せな長い「線」を描いていく医療を行なうつもりならば
「患者様」という呼び方は、そぐわないと考える次第です。

◆参考文献 ・わが子を医学部に入れる 小林公夫著 祥伝社
・根拠に基づく医療/https://ja.wikipedia.org/wiki/
・物語と対話による医療/http://www.c-mei.jp/BackNum/015r.htm)

(おしまい)オルタナティブブログ掲載すみ

【関連記事】→「治療理念」


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■なぜ「患者様」と呼ぶのはおかしいのか その4 歯科ブログ

西荻窪、保険で入れ歯専門、いとう歯科医院の伊藤高史です。

■ 患者さんに「お客様ご来店~♪」って言いますか?

話は戻りますが、もし夫婦の間に一方的な身分の違いがあったらやりにくくてしょうがないはず。
夫:玄関の戸を開ける。ガラッ。 「今帰ったぞ!」
妻:三つ指ついて正座して首を垂れて出迎える。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
うーん、男の夢ではありますが今時こんな夫婦いません。

男女の関係でたとえるならば夫婦以外で「今帰ったぞ!」「おかえりなさいませ、ご主人様」が成り立つ世界はあります。
女性が男性を接待する店、いわゆるキャバクラや、逆を行なうホストクラブなどは、そういう世界です。
「お客様ご来店~♪」と言って、ひたすらかしずく。キャバクラやホストクラブはそれで成立します。

なぜならサービス、接待、楽しいひととき、若くてカワイイ子とおしゃべりする。
そのような男女の対話というサービスを「売る」「買う」で完結した「点」の世界だからです。

毎日ドンペリをボトルキープしてお酒ガパガパ飲むのは、お金の無駄使いだし不健康とは思いますが店はそれを気にする必要はありません。
「売る」「買う」で完結した「点」の世界だからです。

同じことを夫婦でやったら困ります。
私がドンペリ毎日買ってきてガパガパ飲み始めたら妻は全力で止めるはず「いや、ちょっとそれ、おかしいでしょ」って。
夫婦で描く「線」が明らかに間違った方向を 向いているからです。

医師が「患者様」と言ってしまうのは、患者さんに「おかえりなさいませ、ご主人様」「お客様ご来店~♪」と言うに等しい。
長い「線」の付き合いになるのに、そのような身分の上下があったら医師も患者もやりにくくてしょうがない。
だから「患者様」と呼ぶことに違和感を覚えていた理由に思い至りました。

私は妻に対して普通に「○○さん」と名前で呼びます。
同様に患者さんに対しても普通に「○○さん」と苗字で呼びます。
それが違和感なく自然だからです。

冒頭でご紹介した医学部の面接試験は難問です。
独身者が大半であろう受験生が「夫婦の関係」を引き合いに出すのは難しいし、ましてキャバクラの話など持ち出したら、たぶん不合格になっちゃいます。
他にそのような「点の関係」と「線の関係」の違いを説明する方法があるのかもしれませんが私は思いつきませんでした。

(続く)


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■なぜ「患者様」と呼ぶのはおかしいのか その3 歯科ブログ

西荻窪、保険で入れ歯専門、いとう歯科医院の伊藤高史です。


■ 「点」ではなく「線」の上を一緒に歩いていく

医師と患者の関係は点耳薬10個を「売る」「買う」で終わるという「点」の関係ではありません。

医師と患者は
・情報提供しあって
・お互いに納得して
・同じ方向を向いて
患者と一緒に同じ「線」の上を歩いていく。

この「線」は
・医学的、科学的に妥当性がある。
・患者のこれまで生きてきた背景、歴史から患者の気持ちにも寄り添っている。
そんな「線」を描くことが医学には要求されるということです。

このことが、専門用語にはなりますがEBMおよびNBMに基づいた医師と患者の関係と考えました。

※ EBM(Evidence-based Medicine) 良心的に、明確に、分別を持って最新最良の医学知見を用いるエビデンスに基づく医療。

※ NBM(Narrative-based Medicine)ナラティブ・ベイスト・メディスン 物語に基づいた医療。「ナラティブ」は「物語」と訳され、患者が対話を通じて語る病気になった 理由や経緯、病気についていまどのように考えているかなどの「物語」から、医師は病気の背景や 人間関係を理解し、患者の抱えている問題に対して全人的(身体的、精神・心理的、社会的)にア プローチしていこうとする臨床手法。

では、「医師-患者間の関係」は「デパートの店員と客」ではなく何にたとえると、しっくり来るのか。それは「夫婦」の関係です。
・お互いに幸せになるためにはどうしたらいいか
・一緒にどんな家庭を築いていくのか
・こどもは、ああする
・家はこうする
・仕事はどうする

そんな目標を決めてお互いに納得して、同じ方向を向いて「線」の上を一緒に歩いていく。
夫婦とは、そういう間柄ですよね。

先日受診した耳鼻科で、膿がなくなったのを確認した医師が「おお、治ってきたね」とおっしゃってくださいました。
お忙しいからか、いつもは無表情な感じなのが、その時は一瞬笑顔になっていました。
私も歯科治療が上手くいくと素直に嬉しいですし、耳鼻科の医師も幸せなのでしょう。

患者も幸せ、医師も幸せ。
「お互いに幸せになるためには、どうしたらいいか」医師は常にそう考えています。
そのために
・一緒にどんな治療方針でいくのか
・薬は、ああする
・診断はこうする
・手術はどうする

そんな目標を決めてお互いに納得して、同じ方向を向いて「線」の上を一緒に歩いていく。
医師と患者さんとは、そういう間柄です。

(続く)


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■なぜ「患者様」と呼ぶのはおかしいのか その2 歯科ブログ

西荻窪、保険で入れ歯専門、いとう歯科医院の伊藤高史です。


■毎日「点鼻薬を10個ください」

個人的な話で恐縮ですが、先日、耳の奥が化膿する病気になってしまいました。
免疫力が低下しているなど、いくつもの原因が考えられるので専門医に相談に行きました。
耳にたまった膿を吸い取り、点耳薬を処方してもらい、その日から朝と夜の2回、耳の穴 に薬を指して回復するかどうか経過を観察するため週に3回通いました。

膿がなくなって鼓膜が見えるまで回復するのに2週間。
急性症状は治ったものの鼓膜がへこんでいて左右で聴力が違うと思われるから大学病院で詳しく検査してもらったらどうか、
と医師が薦めるので紹介状を書いてもらいました。

どこにでもある「医師」と「患者」の関係です。
ただ、これだけでもデパートでのやりとりとは違います。
一方「店員」と「お客」の場合ですが、学生時代に食品店でアルバイトをしていたときに、こんなことがありました。

そのお客さんは、油あげを毎日10袋買いに来ます。
私はそれを見ても「ああ、飲食店を営んでいて、そこで使うのかな」くらいは思いましたが、
それ以上は何も考えませんし、もちろんお客さんにも何も言いませんでした。

ただ実は、もしかしたらそのお客さんは毎日油あげ10袋を自分で食べていたのかもしれない。
すごく不健康です。でも食品店の店員と客の関係は、油あげ10袋を「売る」「買う」で終わります。
10日間デパートに毎日買い物に行ったとしても「売る」「買う」で終わる完結した「点」が10個あるだけ。
だから食品店の店員が客の背景を考慮する必要はありません。

これが医師と患者の関係だと少し困ったことが起こります。
たとえば私が耳鼻科に毎日通って「点耳薬10個くれ」「点耳薬10個くれ」「点耳薬10個くれ」と言ったら医師は全力で止めるはず
「いや、ちょっとそれ、おかしい でしょ」って。

連日「点耳薬10個」と言われると医師の立場としては、とても困ります。
なぜ困るのかというと週3回耳鼻科に通って「診療」「診療」「診療」という点のつながりでできた「線」が明らかに間違った方向を向いているからです。

(続く→)■ 「点」ではなく「線」の上を一緒に歩いていく